第7話 頼ってもよろしいのでしょうか? 二

 自称騎士の剣なり技なりが特別なのか、そこまで強大な不死者ではなかったのか、とにかく二度と攻撃してこなくなった。


「さて、返事をまだ聞いてなかったな」


 自称騎士は剣を鞘に収め、チェザンヌにむき直った。


「はい……どうぞ、こちらへ……」


 自分が斬り合いをしたのでもないのに、チェザンヌは手足がふわふわするほど興奮していた。強さは頼りがいである。あれほどの技の持ち主に助けられてわくわくしない方がおかしいだろう。


 パネルの部屋で、チェザンヌはガーゴイルから入手したそれをはめた。羅針盤の矢印にたがわず、音もなく壁が開いた。新たな通路が現れる。


「私が先に進もう。より凶悪な気配がする。別れ道にさしかかったら君の進みたい方を教えてくれ」

「はい」


 実力者に素直に従うのも才覚というものだろう。それが全てでないにしても。


 自称騎士の背中を追いつつ、一本道のまま通路はドアで終わった。『関係者のみ』と記された細長い素焼きの粘土板が掲げてある。


「ぼつぼつ潮時かもな」


 ドア越しに聞こえてきた声が、チェザンヌ達の足を同時に止めた。大人の男のようだがそれ以上はわからい。


「俺達にはろくすっぽ分け前がねえだろ。おまけに掟ばっかりでやってけねえぜ」


 別な男の声音が同じ方向からやってきた。自称騎士は剣の柄に手をかけた。


「そんなこといっててお前、さっきから酒飲んでるじゃねえか」


 三人目も男。似たような年齢のようだ。


「そういやあ、ワニアシザメのところ確認したのか?」


 四人目。


「さあな。気がむきゃやるよ」


 潮時などと口にしていた声音が、なげやりに応じた。


「あ、よくみりゃクモとガーゴイルにも誰かきてるみたいだぜ」


 酒を飲んでいるのだろう、掟に不満を持っている男が他人事のように言った。


「ちっ、めんどくせぇ。おい、見にいくぞ」


 潮時の呼びかけに、椅子を引いたりなにか固いものを身につけたりする音が始まった。


 自称騎士は先制してドアを開け放ち、室内に乱入すると同時に剣を抜いた。チェザンヌは戸口で見守っている。


 中にいた連中は四人で、薄い革鎧に小ぶりな剣をベルトから吊るしている。その全員が物もいえないほど驚き手足が硬直してしまった。


 まず二人が棒だちのまま自称騎士の剣に喉を裂かれ、三人目は自分の剣を構えたところで手首を斬り飛ばされた。四人目が斬りかかったものの、一合斬り結んだだけで自称騎士は相手の剣をへし折った。返す刃で四人目の首筋を深々と突き刺した。


 四人全員を床に沈め、自称騎士は懐から紙をだして剣の刃についた血をぬぐった。汚れた紙を投げ捨ててから剣をしまう。


「おい、まだ喋れるはずだな? こっちの質問に答えてもらうぞ」

「い、いてぇ! 手が! 俺の両手が!」

「そんなことは聞いてない」


 自称騎士の靴が、両手を失った男の脛を蹴った。


「うげっ!」

「お前達の正体はなんだ?」

「と、盗賊団だ……です。この廃墟を根城にしています」

「親玉は」

「わ、わかりません。刺青いれずみを通じて命令がきます」


 両手を失った男は、右の二の腕を見せた。サメの歯が彫られている。


「これでどうやって命令を受けとる?」

「歯の部分がちくちく痛んで、それから頭の中で声が聞こえます」

「今までになにを盗んだ?」

「金貨や宝石です」

「お前達は、ここと廃墟の外を自由に出入りできるのか?」

「そうです」

「パネルの仕かけはなぜ設置してある?」

「わ、わかりません。ううっ!」


 男は、血が滴り続ける左手首の断面で右の二の腕を押さえた。


「ええっ!? そんな! あんた、大将なのに……!」


 両手を失った男は白目をむき、口から泡をふいて倒れた。


「おいっ! まだ話は終わってないぞ! おいっ!」


 ようやくにも入って構わなくなった気がして、チェザンヌは戸口から部屋に移った。


 ベッドが四つに、粗末な 丸テーブルと背もたれのない四つの丸椅子。テーブルの上には中身が半分ほどに減った酒ビンと一山のカードがあった。羅針盤の矢印は部屋にもう一枚あるドアをさしている。


「騎士様は……」


 いいさして、自称騎士の顔がぐにゃっと歪んだ。いや、そう見えただけだ。意識が遠のいていく。


「不覚……」


 自称騎士もおなじようだ。二人そろって気絶してしまった。


「なんと、なんとも、なんともはや! 高貴なる血筋が三人とも! まさに天のめぐみじゃ!」


 甲高く喚く、老いた男性の狂気じみた歓声で目が覚めた。


 一度意識を取りもどすと、狭い金属製のベッドに寝かされているのがわかる。衣服はそのままだが、幅広の分厚いバンドで身体が固定されていて天井しか見えない。


「あなたはどなたですか?」

「おお~、解析結果にふさわしい高貴な尋ね方。左様! わしこそは、ソロランツ一の大富豪、デリグ!」

「デリグ!? 『さざ波の淑女』号の!?」

「おおっ、博識じゃな! では、お前をまっさきに使ってやろう!」

「さっきからなんの話だ!」


 自称騎士が手足をばたつかせた。


「お前は三人の中で一番高貴な人間のはずだが、会話の作法はなっておらんな。まあよい。どうせ結果は変わらない」

「高貴な人間を三人……ということは、『逆行進化』の実現実験か」


 まごうことなきカボの声。


「そのとおり! さすがは高貴なる錬金術師!」

「『逆行進化』って……ワニアシザメの……」


 加速度的に状況が悪くなっていくのをいやでも悟らされるチェザンヌであった。


「いかにも! いかにもじゃ! 爬虫類から魚類へは部分的に成功した! 今度こそ……」

「人間を逆行させてもせいぜいサルになるだけだぞ。だいいち禁忌だ」


 カボの冷静な指摘が、この場では一番頼もしい。


「それは凡庸な血を用いたからじゃ! わしに失敗はない!」

「あのう、質問をよろしいでしょうか?」


 『原初の炎』が使えるかどうかわからない。カボが捕まったままだとすると、駄目な方の確率が高い。ならば、少しでも時間を稼がねばならない。

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