第6話 頼ってもよろしいのでしょうか? 一
偽名も含めてカボやクナムの名前まではださないまでも、自分も人を追っているのを打ち明けた。用心して『原初の炎』までは黙っておくことにする。
「ふむ。どうやら我々の利害は一致しているようだな。私も、本来はパネルをならべる部屋の奥にいきたかったのだ。しかし、手づまりになり一度引き返した。そのせいでチャードと合流し損なった」
「チャードさんと最初から一緒ではなかったのですか?」
「ここにくる途中まではそうだったが、追いはぎに襲われて離れてしまった。私だけが先にこの廃墟にきた。いくら待ってもこないから改めて探しにいった」
よくある悲劇ではある。ところで、羅針盤の矢印は、終始パネル部屋の奥を示している。すなわち、カボは仮面の男が引き返す前にそこへ至った。恐らくは強制されて。
「では、そのガーゴイルとやらがいる部屋にいこうではないか」
ではないかと持ちかけられてもやる気がふるいたちはしない。利害の一致は彼がいいだしたことだ。せめて、カボがどんな目的で彼を追っていたのか知っておきたかった。どのみちほかにあてがないのが余計に腹だたしい。
チェザンヌは仮面の男とともにガーゴイルの部屋にもどった。
「針金でガーゴイルを縛っておけばよかろう」
なぜそうしなかったのかという疑念が、仮面からにじみでてきそうだ。
「それくらい私でも思いつけました。でも……その……やっぱり怖かったです」
サメのくだりを教えるわけにもいかず、我ながら陳腐なでたらめになった。
「わっはっはっはっはっ! いいだろう、いいだろう! 弱い者を助けるのが王……ではなかった、騎士の役目だ」
「あなたは騎士様だったのですか?」
「馬に乗ってなくとも魂は騎士だ。では、私が見張るから心置きなく針金をガーゴイルに巻きつけたまえ」
「騎士様がおやりになるのではないのですか?」
「ガーゴイルがもし針金を断ち切るほど強かったらどうするのだ。いつでも助けるので心配するな」
「……」
頭がいいのか悪いのか。ため息をつきたくなるのを我慢して、チェザンヌは針金の輪を肩にひっかけた。
まず両手首から始まり、首から翼からぐるぐる巻きにする。ペンチでもあれば要所要所で針金を切って作業を進められたが、今さらしかたない。
足首まで針金を巻きつけ終え、チェザンヌはガーゴイルの手からパネルをとった。その直後、ガーゴイルがぶるぶる震えだす。やはり、パネルがなくなると動きだすようになっていた。がっちり束縛しているのでまず問題ないはずだ。などと安心していたら、苦し紛れでかガーゴイルは横倒しになった。
「きゃあっ!」
パネルを抱えたまま、チェザンヌは空中に放りだされた。
「危ないっ!」
自称騎士の仮面の男は、素早くガーゴイルのいた台座を踏み台にして跳びあがりチェザンヌの身体を両手で横たえるように抱きとめた。
「あっ……き、騎士様……ありがとうございます」
非常時とはいえ、舞踏会でもないのにもろに男性に触られるのは生まれて初めてだ。しかも、腰の辺りまで。
「無事ならよろしい」
自称騎士からすれば、チェザンヌはあくまで通りすがりの男性である。自称騎士の好みがなんなのかまでは不明瞭だが。
「もう、この部屋に用はございませんね」
「うむ。パネルをはめにいきたまえ」
「私、あなたの部下ではございません」
せっかく助けてもらったのに頭ごなしに命じられ、さすがのチェザンヌも気を悪くした。
「ああ、そうか。では、パネルをはめにいこう」
「仲間になると決まったのでもございません」
「ではどういえばいいのだ」
「ついてきてもいいか相手に尋ねてくださいませ」
「ついてきてもいいか?」
バカ正直な質問の仕方に触れて、不快感がどこかにいってしまった。
「はい、どう……」
ブチッ、バチッと音がして、ガーゴイルが針金を引きちぎりながらたちあがった。それだけでなく、石板から骸骨達がひとりでに抜けでてくる。
「出入口まで下がっておれ!」
自称騎士はチェザンヌを突き飛ばした。やろうと思えば、チェザンヌは背をむけてパネルの部屋に逃げられる。
「でも数が多すぎます!」
逃げはせず、チェザンヌは騎士の背中に叫んだ。
自称騎士は無言で剣を抜き、台座のうえで思いきり振った。刃が触れてもないのに骸骨達がまとめて数体バラバラに崩れ去る。ガーゴイルは破壊こそされないが、見えない鉄拳に叩きのめされたかのようにあとずさった。二回、三回とそうする度に骸骨は数を減らし、ついにはガーゴイルだけが残った。それも尾羽打ち枯らして床にへたりこんでいる。台座から降りて、一撃で首をはねた。それで室内は静かになった。骸骨のような不死者は倒しても復活する場合がある。
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