第三章 この方はどなた?
第1話 袋の中は針 一
『さざ波の淑女』号を調べ終えたチェザンヌ達は、さらに十日近くを経て森を抜けた。めだった障害はなく、その間少しずつ互いを知り打ちとける機会がえられた。
障害はむしろ、ネルキッドの内外を直にへだてる城門の前で起きている。
自治を認められた都市ならどこでもそうだが、街全体を貝殻のように城壁で囲って外敵をはばんでいる。城門は、多ければ敵に攻められやすく少ないと交通に不便なので悩ましかった。
ネルキッドは東西と南に一つずつ城門を備え、北は港である。チェザンヌ達は南の城門に面していた。街の規模にふさわしく、数百人が横一列にならべられそうな構えの門にはいつでも数十人の衛兵がいて怪しい存在の出入りを許さない。
「たかが人差し指一本分くらいじゃないか!」
朝一番にそんな抗議をほとばしらせている、簡素な胴鎧と脚甲を身につけた背の高い男性の背中を眺め続けて数分がすぎている。うしろからしかわからないが、どうやら仮面か面頬もかぶっているようだ。
「没収とはいわぬ。街をでるまで預かるだけだ」
茶色いなめし革の鎧に長細い棒を担いだ姿の衛兵がそっけなく述べた。よく見ると、棒には目盛りが刻んである。犯罪者を叩きのめすよりも、武器が法律で許された長さを越えるかどうかを調べるのに使うのだろう。
チェザンヌ達は、少なくとも見た目は丸腰だから関係ない。もっとも、衛兵からすれば相手が誰だろうといざとなったら腰に吊るした剣をいつでも抜くだろう。
「杓子定規にもほどがある!」
口論はまだ続く。
「定規棒はそもそも杓子定規だ」
あまりにも当たり前だといわんばかりの衛兵の口調に、チェザンヌはつい吹きだした。
「なんだ!?」
チェザンヌは、図らずも声をそろえた二人から問いただされた。
「そちらの殿方の剣でございましたら、今一度計り直されてはいかがでございましょう?」
「規定通り二回計った」
「失礼は承知ですが、三回目が必要かと存じますわ」
チェザンヌはにこやかに促した。
衛兵は、黙って棒を口論相手の剣に当てた。
「大変失礼した。こちらの間違いだ。通ってよし」
「最初から私が正しかったのではないか!」
文句を言いつつ、無罪放免になった男は城門をくぐった。チェザンヌ達は質問さえされずに無言であとに続けた。
城門は街の大通りと直結しており、はやくも人混みが生まれつつある。少しばらばらに動けばすぐはなればなれになるだろう。
それを踏まえつつ、用心は必要だ。チェザンヌとカボはもちろん、クナムでさえも面倒を避けるために変わり身用の薬品で姿と声を少し変えていた。お互いに素で勘違いすると困るので目元や口元をいじったくらいにしておいた。声は本来より少し高くしてある。
クナムについては、本来船にいる人間が陸から街に入ったらどう考えてもおかしいので一緒に変わらざるを得なかった。ルンだけは心底嫌がって全て断った。チェザンヌ以外に、市内で妖精を肩に乗せた人間が全くいないわけではない。妥協するしかなかった。
「なかなかの手なみだったな」
十分に城門を離れてから、カボがかすかに笑った。
「恐れ入りますわ」
錬金術で、チェザンヌはこっそり衛兵が持っていた棒の刻みを伸ばしたのである。森での訓練が彼女の力を成長させていた。現物に触れなくともある程度までの距離なら影響を与えられるようになっている。
「あの殿方……どこかでお目にかかったような気がしますわ」
「知り合いか?」
「いえ……背格好だけのお話でございますから……」
仮面のせいでか声は全く聞き覚えがないし、正面から観察したのでもない。
軽くうなずいてから、カボはチェザンヌ達を導くように率先して歩いた。いうまでもなく、チェザンヌは彼が図書館を目指しているのだと信じて疑わなかった。
「みんな、そのまま聞いてくれ」
一同の足音が、単調に響いては消えていく。
「さっきの男を、俺は尾けたい」
ええっという言葉が、チェザンヌの喉元まででかかった。
「チェザンヌが見覚えがあるという話で、俺は確信に近いものを感じている。だが、はっきりと定まったわけじゃない」
「確信って……なんの確信ですか?」
チェザンヌの背中越しに、クナムの言葉が投げられた。
「ここではまだ言えないが、彼がどこにいくかをはっきりさせたらおのずとわかる。むろん、危険もないわけじゃない。だから、俺と俺以外の全員に一時的にわかれて行動したい」
カボがここまではっきりと、かつ強引ともいえる断定をくだすのは初めてだった。それだけに逆らいがたいものを感じた。
「わかりましたわ。それで、具体的にはいかが致しますの?」
「チェザンヌ達はそのまま図書館へいってくれ。標識があるから迷いはしない」
たしかに、道端には青みがかった灰色の細い柱がある。図書館や寺院といった建物への方角を示す板が何枚か固定されていた。
「図書館では、魚と『原初の炎』と錬金術の三つのかかわり合いを一冊にまとめた書物を片っぱしから探して内容を調べてくれ。この際クナムも手伝ってくれるとありがたい。目的が一区切りついたら俺も図書館へいく」
「はい、私でよければ」
クナムが快く請け負ったのが、この際はありがたい。
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