第12話 道づれ靴ずれ 八

 栓を開けて中身を遺体にかけると、暗緑色の煙がたち昇った。液体があったビンをしまってから新たな空のビンをだし、カボは煙をビンに採取して保存した。


「ここではさすがに詳しいいきさつがわからない。ネルキッドでしかるべき施設にいき、この煙を分析すればもっとよくわかるだろう」

「クナムさんも、どうせならネルキッドにご一緒しませんか?」

「そうだな。少なくとも、船主は気が気でないだろう。クナムを連れていき、事情を説明すれば俺達にもなにか支援してくれるかもしれない」


 カボは膝に手をついてたちあがった。


「皆さんがいいなら……でも、私、ただのメイドですし。魔法もどう使えばいいのかさっぱりです」

「俺達は証人として君が必要だ。旅の仲間とは少し違う。ある意味で客人と考えていいだろう。慣れない感覚だろうがあまり緊張しないで欲しい」

「ありがとうございます」


 クナムは丁寧にお辞儀し、話はまとまった。


「そうと決まれば、ここをでてネルキッドを目指そう」

「タコもカニみたいな誰かなの?」


 ルンの疑問に、チェザンヌ達の足は止まってしまった。


「うーん……どうせならタコも調べた方がいいかな」

「それでしたら……」

「いや、さすがに力の使いすぎになる。俺がやろう」

「はい」


 チェザンヌは、自分が倒したタコが横たわったままだと考えていた。カボ達にしても同じだろう。


 いざ客室区域をでると、タコの死骸は何割か消えていた。ライオンに似た化け物が死骸の脇にいて、タコの頭を貪っている。ひっきりなしに動く口は、ライオンではなく人間の年老いた男性だった。いや、顔全体が醜怪な老人そのものだった。一口食べるごとに、ライオンの背中から伸びた一対の黒いコウモリのような翼がぴくぴく動いた。そして、腰に生えている長く節くれだった尻尾の先端にはサソリのような針がついている。全体的にタコの半分くらいの大きさをしていて、凶悪さはタコの数倍以上だ。


「マンティコアを呼びよせてしまったのか!」


 カボの台詞を待っていたかのように、マンティコアは食事をやめてチェザンヌ達をねめつけた。空も飛べれば、尻尾の毒針はゾウでも一撃で即死する。顎の力はライオンのさらに数倍を誇る。


「危ない!」


 いきなり床を蹴って間合いを詰めてきたマンティコアに対し、ルンはぎりぎりで防御結界を使った。カボに迫った毒針が空中でさえぎられ、どうにか時間が稼げた。


 『原初の炎』をだそうとして、チェザンヌはがくんと左膝を床についた。短い間にたて続けに術を使いすぎて集中力が保てない。


 右手に広口ビンをだしたカボは、栓を開けて投げつけた。マンティコアは素早く真上に飛び、ビンは虚しく中身の透明な液体を床にまいただけで終わった。


 マンティコアは、一度高く昇ってからチェザンヌ達の頭上に急降下した。金槌で思いきり石壁を叩いた音がして、マンティコアはプールサイドまで跳ね返された。


「さっきのショックで結界が壊れちゃった!」

「なに!?」


 カボが二つめのビンをだすより早く、マンティコアは再び突進してきた。チェザンヌはまだ集中力が回復しない。


「カボさん!」


 クナムの叫びと同時に、マンティコアの頭が爆発した。首をなくした胴体はその場で横倒しになり、どくどくと血を流した。


「や、やった……」


 一気に緊張が抜け、クナムはへたりこんだ。


「いや、助かった。ありがとう」

「すごい……魔力ですわ……」


 チェザンヌも、クナムの力を認めざるをえない。


「私も、なにがなんだかわからないです」

「危機一髪という状況で発揮されるのは理解できた。客人に助けられては世話ないな」

「でも、マンティコアは船にいた人なのかな?」


 ルンが首をかしげた。


「いや。大きすぎて出入りできない。もともと、この森はこんな手合いがいても不思議じゃない」

「タコはどうなさいますの?」


 チェザンヌとしては、いざというときに役だてなかった自分を恥じてばかりいられなかった。


「あくまで調べておこう」


 カボは、チェザンヌがカニに施したのと同じ要領でタコに術をかけた。


「船長……」


 クナムが、ナプタと同じように焼けたうえに頭の半分欠けた初老の男性を特定した。


「二つも続けば、他の人々も推して知るべしか」


 カボは、船長についても煙を採取した。


 それ以上『さざ波の淑女』号にとどまる必要はなかった。カボが梯子をつくり、一人ずつ地面に降りた。

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