第6話 道づれ靴ずれ 二

 チェザンヌ達はボートからでて、漁船の甲板にたった。相変わらず自分達以外の気配はない。


 三人で調べた限り、船橋やマストにおかしなところはなかった。


「航海日誌もなしか……仮に本物の漁船なら、港から近い漁場で日帰り専門なんだろうな」

「先生、ボートの脇に出入口のような物がございますわ」


 前後に開く、あげ蓋式の扉が甲板に備えてある。大人二人分くらいの広さがあった。


「ああ、とった魚を入れるためのハッチだろう。俺が中身を確かめよう」


 つまり、甲板の下に簡単な倉庫がある。帰港したらハッチを開け、倉庫の中身を別な箱に移し変える。ある程度まとまった量を確保できないと採算に合わないので、かなりな容積になるはずだ。


 カボがハッチの横にひざまづき、取ってに手をかけた。鍵もなく、そのまま簡単に開いた。


「誰だ?」


 カボの質問は、少なくとも魚に対してするものではなかった。


「助けて……ください」


 弱々しく頼む、若い女性の声がする。


「どんないきさつなのか、説明できるか?」


 冷酷のようでいて必要な用心だ。うかつに信用していい状況ではないし、なにかあれば全員が危険にさらされる。


「海賊に襲われて……わたしだけがここに隠れられました」

「いつ?」

「わかりません……真っ暗闇ですし」

「飲み食いは?」

「していません」

「たって歩けるか?」

「大丈夫……と、思います」


 か細い声の反面、受け答えにはなっている。ならば、一日二日しかたってないだろう。


「ロープを降ろす。それを伝ってこい」


 倉庫の底からハッチまでは、かなりな背丈がないと届かない。


「はい」

「チェザンヌ、ロープの端をマストに結びつけてくれ」

「かしこまりました」


 ここ数日の訓練で、チェザンヌは簡単な結び方なら学んでいた。覚えていた通りに実行すると、カボはもう一方の端をハッチから垂らした。


 ほどなくしてロープが引っ張られ、ぎしぎしうなりながらかすかに揺れた。やがて、ハッチに手がかかる。次いで、白いカチューシャがぴょこっとでてきた。カチューシャをいただく頭は黒くまっすぐで短めの髪に覆われている。褐色の肌につぶらな黒い瞳がカボやチェザンヌと視線を合わせた。声のとおりに若い女性で、背はチェザンヌとほとんど変わらない。身体つきは若干ふっくらしている方だが腰は細かった。


「た……助かりました。ありがとうございます」

「あんた……メイドなのか?」


 黒いフリルつきのブラウスにロングスカート、白いエプロン。カチューシャからしてそれと連想できていたが、こうして目の当たりにするとボートや漁船以上にナンセンスだ。本人に責任があるかどうかは別にしても。


 褐色の肌に黒髪黒目は、ソロランツ王国でもずっと南方の地域で生まれた人々の典型的な特徴だ。本来の年齢より若く見えるのも共通している。十代の後半……つまり、チェザンヌと同年代のようでいて二十代にはなっているだろう。


「はい。客船で……働いていました」


 そこでメイドはうつむき、二、三回咳きこんだ。カボは黙って自分の水筒を勧めた。


「ありが……けほっけほっ」

「いいから飲め」


 メイドは水筒を受けとり、ふたを開けて飲んだ。一口というにはかなり長い時間だった。


「ああ、生き返りました」

「では、話を続けてもらおう」


 返された水筒を、カボは手にした。


「はい。海賊が襲ってきたのは六月一日のお昼でした。そのとき私は、お部屋の掃除をしていました。突然、お客様が入ってこられて襲撃を告げられました」

「待て。客船というが、名前は?」

「『さざ波の淑女』号です」


 チェザンヌも聞いたことのある名前だった。宮殿で、何人かの令嬢が旅行の土産話に花を咲かせていたのを耳にした。となれば、かなりの豪華客船になる。


「客というのは?」

「そのお客様は、私に逃げるよう伝えてから大急ぎで荷物をまとめようとなさいました。そこへ、海賊がやってきてお客様に斬りつけました。お客様が倒れたはずみで、手にしていた漁船の模型が落ちました。とっさにそれを拾ったのです。そうしたら、急に真っ暗になって……」

「俺達に助けられたというわけか」

「はい」


 辻褄が合うような合わないような、きみょうきてれつな展開だ。辛うじて把握できるのは、海賊が『さざ波の淑女』号を襲った部分だけ。


「そうだ、名前は?」

「クナムです」

「俺はカボ。そっちはチェザンヌ。妖精がルン」

「よろしくお願いします」

「こちらこそですわ」

「よろしくー」


 名前を伝えあうと、なんとなく親近感を持ってしまうのは旅先の人情だろうか。


 追放される前なら、メイドはメイドだった。それ以上でもそれ以下でもない。カボと知り合って学んでからは、身分や地位だけで人を判断しないようになりつつあった。いわばタイミングを得た出会いとも考えられる。きっかけはナンセンスにしても。


「もう少し詳しく聞きたいが、構わないか?」

「はい」

「目の前で殺された客とは、誰なんだ?」

「ナプタ様という方で、種族はドワーフ、男性でした」

「若かったか?」

「いえ、そこそこのお歳でした」

「会話したことは?」

「ありません」


 クナムの口調は、敬語こそ使っているがチェザンヌほど荘重ではない。職場にもよるが、メイドは必要最小限の回答だけすればいいのであまり回りくどい表現を使わないよう訓練されるのが普通だった。


 客船にいたくらいだからかなりな金持ちなのだろう。チェザンヌ達は誰一人聞いたことのない名前ではある。


「なら、船は海賊に襲われたときにどの辺りを進んでいた?」

「ネルキッド市です。あと二日ほどで港に入るはずでした」

「ネルキッド!?」


 チェザンヌもカボもルンもいっせいに声を合わせた。


「あ……あの、ネルキッドになにか……」


 困惑するクナムに対して、カボはチェザンヌに軽く視線を合わせた。こちら側の目的を少しは喋るという意味である。チェザンヌは小さくうなずいた。


「俺達もそこにいくつもりだ。ご覧のとおり、陸路でな」

「陸路……?」


 きょろきょろとクナムの目が動き、ハッと見開かれた。


「こ、ここ、海じゃないです!」

「当たり前だ!」

「呪いにかかったんだ! 私もうダメ! 魔物に囲まれちゃった!」

「俺達は魔物じゃない! 人間だ!」

「あたしは妖精だ!」


 変なところでルンが合いの手を入れた。


「先生」

「なんだ」


 チェザンヌは、カボから預かったばかりの羅針盤をだした。


「これをクナムさんにだして、客船がどこにいったのかを探るのはいかがでしょうか?」

「……」


 加熱しかかった場が冷静な提案でまともになった。


「いいだろう。クナム、これは目当ての人や物にいきつくための道具だ。せめて、客船がどこにあるのかくらいを知られれば多少は落ちつくだろう」

「ありがとうございます。どうやって使うのですか?」

「手に持って、頭の中で客船を思いだすだけでいい」


 カボがクナムに羅針盤を渡した。教えられたとおりにクナムが実行すると、矢印が現れた。それは地面を指していた。


「失礼ですが……この道具……」

「壊れているはずがない。なにしろ漁船が浮上したくらいだ」


 前後のいきさつを知らないで耳にしたら、酔っぱらいのたわごとで片づけられていただろう。


「でも、これでは客船に進めませんわ」


 すっかりクナムに感情移入してしまったチェザンヌ。


「やろうと思えば発掘できる。ただ、時間がかかりすぎるな」

「どうして漁船はでてきたのに客船はでてこないの?」


 ルンが自分の羽根をぱたぱた動かした。


「クナムの説明から察するに、漁船は非常時の脱出用具なのだろう。なにか別な仕かけが働いて、客船ごと地下に埋もれたのかもしれない」

「そんな強力な魔法か仕かけがあるんですの?」


 カボの講義では全く触れられていない。


「俺も知らない。客船を探せばわかるかもしれん」


 チェザンヌ達にそんな時間の余裕があるかどうかは別だ。


 チェザンヌは、クナムを見た。職場から理不尽に放りだされ、着のみ着のままでナイフ一本持ってないだろう。どう考えても一人で森からでられるとは判断できない。

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