第7話 道づれ靴ずれ 三
さりとて同行させると自分達の秘密が漏れやすくなる。あくまでチェザンヌもカボもお尋ね者に近い立場だ。
「チェザンヌ、クナムを置いてっちゃうの?」
「それはなりません」
半ば本能で、チェザンヌはルンに答えた。カボのお陰でどうにか生きる算段ができたとはいえ、一歩間違ったら文字通り野たれ死にだったのだ。クナムの立場と自らのそれを置き換えたら、とうてい見殺しにはしたくない。
「旅が遅れるが、いいのか?」
カボは、チェザンヌの師として念押しせねばならない。
「はい。客船へ参りましょう。クナムさんもご一緒に」
「ありがとうございます。見ず知らずの私を……」
「どうなるかはまだわからない。決めたからには速やかに客船を探そう」
「はい。それと……」
なぜかクナムはもじもじした。
「それと?」
チェザンヌは軽く首をかしげて促した。
「皆さん、魔物じゃなかったんですね」
「わざわざつけたすな!」
脱力しつつカボはつっこんだ。
「それで、どうやって客船に入りますの?」
チェザンヌは、建設的な方向に軌道修正した。
「大地の精霊に頼むか、物理的に発掘するか……まずは正確な位置を掴まないと」
「キャハハハハハ」
「ルン様、なにがおかしいのです?」
「アハハハハハハ!」
チェザンヌの肩で、ルンが腹を抑えて身体を上下に揺すっている。
「待て! なにかおかし……フハハハハハ! アーハッハッハッ!」
カボまでげらげら笑いだした。
「先生まで! いったい……」
「プーックスクスクスクスクス!」
「ファ、クナムさんも!?」
「ン・ン~っ。わらわのハイセンスが理解できない愚か者が一人だけいるな~」
明らかにあざけり見下す口調が頭上からもたらされた。
「誰!?」
と、急に周りが暗くなった。
「キャハハハハハハ! イエ~イ!」
笑い転げながら、ルンは右人さし指を空にかざした。チェザンヌから渡された木の指輪から炎が吹きあがる。
「ギャアアア~っ!」
焦げ臭い煙がまきちらされ、一匹のハーピーが白い羽毛に包まれた下半身のあちこちに焼け焦げを作りつつ漁船の甲板に墜落した。さらに、ハーピーが手にしていたリュートが投げだされて転がった。
ハーピーとは、下半身が鳥で上半身が人間の女性である魔物だ。人間の二倍くらいの大きさがある。不思議な歌声で犠牲者を魅了し食べてしまう。生態としては鳥に近いが一応知性も備えている。翼の節目には、手のような働きをする鉤爪もある。
正気にもどったカボは、一足跳びにハーピーのリュートを漁船の外に蹴りだした。ルンは魔法の鎖でハーピーを縛りあげる。口も塞いだ。狩られた鳥さながらに、ハーピーは甲板に横たわった。
「危うく一網打尽だったな」
カボは右手の甲で顎の下をこすった。
「あたしの攻撃と鎖が決め手だね」
小さな胸を張るルン。あえてチェザンヌは沈黙を守った。
「さて。こいつにも聞きとりをしておくか」
小さな薬ビンをだしたカボは、ハーピーの前に進んで顔の前に左膝をつき栓を開けた。たちまち茶色い煙が薬ビンから昇り、ハーピーの鼻から吸いこまれる。
「ルン、喋れるようにだけしてくれ」
「うん」
「俺達を襲った目的はなんだ?」
「ご馳走と……ご褒美のため」
「ご褒美?」
「わらわは約束された……森で漁船を見かけたら、そこにいる者らを皆殺しにせよと。特に、金髪の若い女は絶対に見逃すなと」
その特徴に一致するのはチェザンヌしかいない。
「誰に約束された?」
「魔王」
「魔王?」
「混沌の……封印された……外れかかっていて……わらわの作曲家」
「作曲家?」
「わらわのロックンロールを……完璧なリズムにしてくれた……お前達を殺せば……もっといい曲を作ってくれると……」
チェザンヌも音楽は好きだが、こういうのは願い下げにしたい。
「魔王はどこにいる?」
「ネルキッド市」
またしてもネルキッド!
「ネルキッドのどこだ?」
「家……悪魔の家」
「悪魔の家とはどこだ!」
「家……イエ……イエイエイエ~イ! わらわのファイナルコンサート~! シャウトシモジモ~ッ!」
「危ない!」
ルンが慌ててカボのために防御結界を張った。これは、物理的な力でもある程度は防げる。次の瞬間、ハーピーは木っ端微塵に砕け散った。
「きゃあっ!」
ハーピーの右足からちぎれた爪が、チェザンヌの右手の甲を引っかいた。たちまち血がでてくる。
「チェザンヌ!」
カボは、間一髪ルンの術が間に合ってなんともない。治療薬をだしてチェザンヌに走り寄った。
「き、傷が……」
右手から滴る血が甲板に落ちる前に、傷口はきれいに塞がり毛ほどの痕跡も残さなくなった。
「先生、どういうことでございましょう?」
「気分が悪くなったり魔力がうねったりしてないか?」
「いいえ、至って平静ですわ」
「ハーピーが語った魔王とやらの目的とかかわるのかもしれん。異状がないか俺からも調べよう。そのままでいてくれ」
「はい」
カボは治療薬を消し、代わりに茶色い木でできた握り拳ほどの四角い枠をだした。枠にはなにも収まってない。
枠越しに、カボはチェザンヌを観察した。病気や中毒はもちろん、呪いや催眠暗示もこれで判別できる。具体的には、枠内に異状を説明する文章が浮かぶ。使い捨てで、一回用いるとすぐに消えてなくなるのが難点だ。
「どうやら大丈夫なようだ。ハーピーの爪がなにか特別な事態をもたらすかもしれん。用心はしておこう」
「ありがとうございます」
「ハーピーは、ずっと魔王に監視されていたのですね」
チェザンヌがカボに感謝する一方で、クナムは甲板に転がるハーピーの残骸に顔をしかめた。
「どんな性格の持ち主か、わかりやすくていいな」
「失礼ですが……私も皆さんがどんななりゆきでここにこられたのかもう少し知りたいです」
「あー、それはつまり……」
カボがどの辺まで事実を告げるか迷っている間に、チェザンヌはクナムが持ったままの羅針盤を……正確にはそれが示すところの矢印に改めて関心を寄せた。相変わらず真下を、つまり地下を指している。無意識に、チェザンヌは右手を振りあげた。
「わっ!」
クナムが膝を曲げて尻もちをついた。時ならぬ地震が起きて甲板がぐらぐらしている。彼女の様子から、チェザンヌはますます手ごたえを感じた。
「うっ!」
揺さぶりはカボさえたてなくなるほど激しい。にもかかわらず、チェザンヌは平然としていた。
「ま、また地面からなにかでてきた!」
ルンは飛ぶ機会を得られないままチェザンヌの肩にしがみついている。
まるで小さな根菜を引き抜くかのようにやすやすと、チェザンヌは為しとげた。ボートが漁船に乗せられたように、漁船が客船に乗せられている。
「『さざ波の淑女』号……」
名前しか知らないはずの客船を、チェザンヌはぽつりと口にした。
五本マストの大きな船で、端から端までチェザンヌが歩いたら百歩というところか。客室と船員室は素人目にも区別がある。つまり、上甲板……船の一番上にあり、外から眺めてすぐにわかる甲板……の上に設けた長細いアーチ状の構造物の中に客室が並び、上甲板から下に降りれば船員室ということだ。ご丁寧にも飛びこみ台つきのプールまである。むろん、上甲板の下は船員室だけでなく倉庫や船を動かすための様々な仕かけがあるに違いない。船尾には大きな四角い箱のような張りだしがある。聞きかじりながら、船長室だろう。
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