第4話 ひょうたんからサメ 四
どれほど優秀でも、バジリスクの皮からダイヤモンドを作るようなことはできない。もっとも、バジリスクの皮は様々な用途や物品になることで有名ではあった。
「かしこまりました」
しばらく考えてから、チェザンヌはふたたび原初の炎を用いた。鮮血と変わらない反応が起きて、一組の手袋ができた。サイズさえ合えば誰でも使えて、毒や呪いから着用者を守る。刃物や鈍器からの攻撃も少しは防ぐ。そして、もれなくサメもついていた。サメについては一匹めと同じような個体だった。
「世にもまれな副産物の才だな……原初の炎も珍しいが、サメか……ううむ」
二匹めのサメを二つめの広口ビンに収めて、カボは感心とも困惑ともつかないため息をついた。
「先生……陸地ではサメは役にたちません」
「ちゃんと処理したら美味しく食べられるよ」
「あらかじめお前を食べさせたらなお旨いだろうな」
カボがルンへかざす冗談はつねに無慈悲だった。
「……」
「冗談はともかく、『精製』や『製造』の基本は無事に会得したようだ。おめでとう」
「ありがとうございます」
はじけんばかりのチェザンヌの笑顔が、深々とさげられた。
「で、サメなんだが……どう役にたつのかわからないな。場合によっては有害かもしれない。あいにくと、書物の類はここにはほとんど構えてない」
カボが心配するのも当然で、サメが料理を作ったり掃除をしたりするはずがない。水中ならともかく、陸地で敵と戦えるとも思えない。さらには、なにかを作るたびにサメがでてくるのも困る。まさに始末が悪い。
「とりあえず、訓練を続けよう。『収納』だ」
「はい」
チェザンヌは、カボが封じた二匹目のサメのビンを右手の平に乗せた。少し集中するだけでするするとビンは彼女の手に沈んでいった。
「問題ないな。では、『引出』だ」
「はい」
これも簡単に、さっきのビンが時間を逆戻りさせたかのように彼女の手の平に浮きあがって現れた。
「これで最低限の基礎はすんだ。さて、これからどうするか」
「なら、副産物のサメについて知ってる人を探すのがいいと思うよ」
たまには、ルンといえどもまっとうな意見を口にする。
「でも……先生も私も追放された立場ですわ」
「いや、それはいいんだ。あくまで宮殿を追放されただけで、国外に追いやられたんじゃない。ただ、チェザンヌが旅に耐えられるかが心配だ」
物見遊山でないのだから、愉快でない出来事もやってくるだろう。庶民からすれば自分達の生活と関係ないとはいえ、正体が割れて酷い仕打ちを受ける可能性も十分にある。
「私……先生がご許可をくださるなら、旅にでたいです。このままここにいるよりずっと成長できるはずですもの。それに、家族の仇を討つなら旅の一つや二つこなせて当たり前でしょう?」
じつのところ、チェザンヌは恐ろしかった。カボの小屋での生活に慣れてくると、森の化け物にさえ気をつけていればむしろ快適とすらいえる。それに比べて、貴族はまだしも庶民のなかに混じりつつ不安定な住所で研究を続けるのは安心とほど遠い。
それでも、決断はせねばならなかった。副産物をあやふやにしたまま宮殿に乗りこんで、思うような結果がでるとは考えにくい。
「よかろう。もちろん、俺も一緒にいく」
「あたしも?」
「お前は料理係だ」
許可と制約を同時にルンに与えるカボであった。
「うんっ、あたしはそれでいいよ」
自分の立場を割りきると、ルンは案外さっぱりした判断をとった。
「先生、どこを目指せばよろしいのでしょう?」
この段階では雲をつかむような感覚にならざるを得ないとはいえ、多少なりともあてにできる考えが欲しいのは誰しも同じだろう。
「それについては、少しだけ方針がある」
カボがテーブルに右手をかざすと、たちまち地図が表示された。
チェザンヌ達がいるソロランツ王国は、大陸の西の端。岬のように突きでた半島にあり、三方を海に囲まれている。
「大都市はおしなべて海沿いにある。なかでも、一番大きなネルキッド市がいいだろう。図書館も充実している」
カボの指は、現在地である自らの小屋からまっすぐ北へなぞるように動いた。
ネルキッドは北海岸にあり、王宮……つまり王都バンドンは西海岸にある。熟練した騎手が早馬を飛ばせば、魔法かなにかで強化されてない限り片道で数日かかるというくらいのへだたりだった。
「図書館!?」
チェザンヌは別な意味で心がわきたった。
「そうだ。他に適切な場所はない」
「ここからどのくらいかかりますの?」
「二週間ほどかかる。馬があれば半分くらいですむが、まず調達できない」
馬など影も形もないし、チェザンヌに馬術の心得はない。サメのように生成できるのでもない。ルンも、そこまで便利な魔法は知らない。
「歩きでも大丈夫ですわ。二週間くらい」
「よし。だがネルキッド市そのものは、王国から自治を認められた自由都市だ。王国の権力が及びにくいから、怪しげな連中も出入りする。だから、森をでたら変装しておかねばならない。もっとも、そういう専門の薬品はあるから心配いらない」
「あたし達もまんべんなく怪し……」
混ぜかえそうとしたルンを、カボは一にらみで黙らせた。
「出発はいつにしますの?」
「いますぐ」
「いますぐ!?」
と、驚いたのはルンである。チェザンヌは黙ってカボの台詞の続きを待っている。
「必要な品は錬金術でおおむねなんとかなる。もちろん、いく先々で目だったりもめたりするのは極力避ける。チェザンヌが言ったとおりのいきさつなら、遅れれば遅れるほど相手は自分の地盤を固めてしまうだろう」
正論だ。それだけに、チェザンヌはたちあがらねばならない。
「先生、ルン様、道中よろしくお願い致します」
「ああ」
「うんっ」
三人の決断が固まった。
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