第7話 錬金術師の家 三

 チェザンヌにとっては、ちゃちな子どもだましなどとははるかにかけ離れた重い力と責任を実感させた。


「ここから先は俺だけがいう。私、錬金術師カボはチェザンヌ・ブルギータを弟子として迎え、その成長と言動に責任を持ち、報酬として手にした品に相応しい力を授けるものとする」


 どこかから煙が湧いたり熱が加わったりするのではなかった。にもかかわらず、チェザンヌは身ぶるいせざるを得なかった。


「ルン」

「ぐ~っぐ~っ」

「おいっ!」


 カボが左の小指でルンの頭を小突いた。


「あ、ごめんごめん。結婚おめでとうございまーす!」

「なに!?」


 カボが固まった。チェザンヌは全身真っ赤になった。


「お前をカップケーキにしてやるぞ!」

「え? 違ったっけ?」

「こいつ……」

「カボ先生と私の言葉、聞いていましたか?」

 

 さりげなくチェザンヌが助けた。


「あ、はいはい『たしかに見聞きした』だよね。じゃあ、『たしかに見聞きした』」

「ふーっ。やれやれ、これで儀式は終了だ。では、ネックレスをもらうぞ」

「はい」


 チェザンヌが手を引き、カボはネックレスを自分の上着のポケットに納めた。


「さて。さすがに俺も疲れたし夜もふけた。シャワーくらいは浴びておくか?」

「はい。ありがとうございます……でも、そのう……」

「ああ、着がえなら俺がだそう。弟子に制服を与えるようなものだ。寝床はそこのソファーを使え。毛布はないが大して寒くない」

「ありがとうございます、先生」

「カップケーキは?」


 明らかに不満そうなルンを、カボはじろっと睨んだ。


「途中で居眠りしたから明日の朝までお預けだ」


 ごたくをならべる余地がないのは、ルンでなくとも明らかだった。


「あのう、寝床はたいへんありがたくございますが……」

「ひょっとして、チェザンヌって一人でお風呂に入ったことないんじゃないの?」


 ルンは別な楽しみを味わうことにしたようだ。


「そ……その通りですわ……」


 支度から身体を洗うことまですべてメイドがやってくれていた。一応、一人で身体を洗うことくらいできなくはない。本でも読んだし。


「まさか俺に背中を洗えとでもいうつもりじゃないだろうな?」

「そ、そんなお話ではございませんわ! ただ、その……シャワーの使い方がよくわからなくて……」

「なんだ、そんなことか。お貴族様ならよくあることだ。こっちにきてくれ」


 意外にもあっさりとカボは受けいれ、席をたった。チェザンヌは彼を追い、室内の片隅にあるカーテンで仕きられた一画の前にきた。


「この中は、さらにもう一枚のカーテンで二つに区切ってある。最初に入った方が脱衣場だ。俺が着がえをあらかじめ置いておく。洗濯云々は明日にでも教えよう。もう一枚のカーテンを開けたらシャワーがある。赤いハンドルで熱湯が、青いハンドルで冷水がでる。最初は冷水からださないと火傷するぞ。冷たいけどな。なにか質問は?」

「ございません。なにからなにまでありがとうございます」

「よし、じゃあ着がえだ。いっとくが機能一点張りなんで期待するなよ」

「かしこまりました」


 カボはうなずき、一人でカーテンをめくった。しばらく脱衣場でごそごそやってから再び現れる。


「準備万端だ。ごゆっくり」

「ありがとうございます」


 ルンも肩から離れ、一人で入った。両手を伸ばせる程度の空間がカーテンでこしらえてあり、かごが二つある。一つは空で、もう一つはタオルと着がえがあった。かがんで着がえを確かめると、ズボンと長袖の上着が一体化した青灰色の作業服になっている。破れにくく頑丈な一方であちこちにポケットがあり、小物の出し入れに重宝しそうだ。腰には太く頑丈な茶色いベルトを通してある。服の固定というより、小袋などを吊るすことを意識していた。肌着もあり、なぜかぴったりのサイズだった。それに、男物ではなく女物だ。


 まさか……!? だが、カボが劣悪な人格の持ち主とは考えにくい。それに、今さらあとには引けない。どのみち彼から学ぶべきを学ばないと先に進めない。


 ドレスも靴も脱ぎ、生まれたままの姿になった彼女は二枚目のカーテンをくぐった。なるほど、ホースにつながれたシャワーノズルがある。正確には、三方がカーテンで一面だけが小屋の壁を用いている。シャワーは壁についていて、赤と青のハンドルもそれぞれ一つずつあった。


 青いハンドルをひねったチェザンヌは、自分の右手からなにかが流れでるのを感じた。害になるような類ではない。自分がもともと備えていたなにかの力がたまたま引きだされ、それを実感している。そして、いきなり冷水の塊が滝のようにチェザンヌを叩いた。


「きゃあああ! いたーいっ!」


 びっくりして飛びのき、床で滑ったチェザンヌはしたたかに尻餅をついた。


「どうした!」


 カボが血相を変えて乱入し、全裸のチェザンヌと冷水を全力で吐きだし続けるシャワーノズルを交互に見やった。


「な、なんだこれは! 栓をいっぱいにひねってもこんな勢いにはならないぞ!」

「先生、痛うございますわ……」

「大丈夫か?」


 カボはチェザンヌの頭のうしろにしゃがみ、両手で彼女の両脇に手を回してたたせた。そして指先が両乳首に触れてしまった。


「先生! どこを触ってらっしゃいますの!?」

「ち、違う! ただの弾みだ!」

「水をとめたら?」


 いつの間にか、ルンが二人の頭上を飛んでいた。カボはチェザンヌを放し、青いハンドルをひねって元に戻した。


「ただ栓を開けただけだろう?」


 振り返りつつ、カボは聞いた。


「その通りですわ」


 大真面目にチェザンヌはうなずいた。


「このシャワーは錬金術で作ってある。術者でなくとも自動的に動く。俺の弟子になったとはいえ、まだちゃんとした訓練もしてないのに……異常な力がかかったということか。とはいえ、ごく一時的な現象のようだ」

「ま、また同じことが起きたらいかがしましょう……」

「いや、良くも悪くもこの暴発で力は放出された。それが元通りになるまでには一定の時間がいる。その間にコントロールの仕方などを教えられるだろう。とりあえずシャワーを続けるといい」

「カボも一緒に入るの? さっきからチェザンヌ、裸のままだけど」


 ルンが重要だが余計な指摘をした。


「きゃあああぁぁぁ!」


 別の意味での悲鳴が森を揺さぶった。

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