第53話 死人還り

 中には白衣を着た五人の男と、華凛の姿があった。

 侵入者の警報が鳴ってから数分でここまで辿り着く事を想定していなかったのか、全員が驚きの表情で部屋の入り口を見つめている。

「全員、両手を上げろ」

 血に濡れた刀を持った宗明が、研究室に入りながら警告する。

 その視線が、中央のシリンダーで止まった。

 事前に聞いていたが、実際に目にすると驚きが隠せない。

 その中にいるのは、紛れもなく父の姿だった。

 注意が逸れた隙に、一人の男が操作パネルを叩いた。

「何をしている!」

「他に方法があるか!」

 研究者達の叫びが室内に響く。

 狼狽える彼らを疑問の視線で見ていた志人は、シリンダー内の変化に気がついた。

「水位が下がってる」

 液体に満たされていたシリンダーの水位が、徐々に下がっていた。

「あなた!」

 華凛がシリンダーに縋り付いて叫ぶ。

 水位が腰の辺りまで下がったところで、中に立つ男の目が開いた。

 何の意思も映さない、虚な瞳。

「父さん」

 宗明が呟くと、政明の視線が彼を捉えた。

 強化ガラス越しに掌を向ける。

 そこに光が集まるのを見て、宗明は真横に跳んだ。

 直後、彼が立っていた後ろの壁が大きく抉られた。

 同時にシリンダーに無数のヒビが入り、砕け散る。

 反射的に顔を隠した華凛が再び顔を上げると、そこには待ち望んだ伴侶の姿があった。

 政明が拳を握る。

 それを大きく振ると、研究室の壁が砕けた。

 範囲内にいた研究者達が、胸部を潰されて倒れる。

 志人達は、素早く身を屈めて回避していた。

 力の反動か、政明の右腕から血が迸る。

「政明さん」

 華凛が、その太い胴体にしがみついた。

「ごめんなさい。もう、もういいの」

 虚な瞳が、華凛に向けられる。

「母さん!」

「華っ!」

 宗明と幸子が同時に叫んだ。

 政明が、華凛の両腕を掴んで宙に持ち上げる。

 あまりの膂力に、華凛の骨が軋む。

 宗明が床を蹴り、刀の間合いに入る。

 幸子が駆け寄り、政明の腕に殴りかかる。

 持ち上げられた華凛の顔と、政明の顔の高さが合った。

「……か、りん」

 政明が掠れた声でつぶやいた。

 涙に濡れた華凛の瞳が、驚きに見開かれる。

 宗明の刀身が、胴体に届く寸前で止められる。

 見上げた父の瞳から流れていたのがシリンダー内の液体なのか、涙なのかはわからなかった。

 政明は華凛から手を離すと、シリンダーの残骸に背を預けて座り込んだ。

「政明さん! 政明さん!」

 何度呼びかけても、彼が再び動く事はなかった。

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