第50話 茂のトークショー

 攻め入る妖を一掃し勝利の余韻に浸る間も無く、宗明は頭を抱える事になった。

「また一杯食わされた。華は長野にいる」

 幸子からの連絡で興醒めしたところに、

「ロングコートの男が三人出てきたけど、何もせずに消えた。あと、滋岡と九尾が見当たらない」

 美雲からの電話で止めを刺された。

 折れそうになるの自分を叱咤して、他に被害がないか確認させる。

 学校に向かったクオンがこの事態を知ったら、すぐに後を追うだろう。

 敵の規模から考えて、これ以上の襲撃はないと考えられる。志人が人質になったのであれば、分家との戦いの方が苛烈になると思われた。

 宗明は決断すると、非難していた運転手に電話をかけた。

「今すぐ車を出してくれ。長野に向かう」

 要件だけを手短に告げて通話を切る。

 続いてクオンに通話を試みた。

 すぐに電話に出た彼女は、すでに落ち着きを失っているようだった。

「宗明様、志人様が!」

「行き先は分かっている。車を用意するから共に向かおう」

 宗明の言葉に、クオンは返事をせずに通話を終えた。


 清也からの情報を元に、幸子達は追跡を再会した。

 京都の過激派とされる者達の所在を確認し、不明な者の車を刑事に伝える。

 複数の車が向かう先は、長野県の山の中だった。

 幸子は位置情報を送ると、手前のコンビニで落ち合うことを提案した。

 すぐに宗明から承諾の返事が返ってくる。

 想定される敵の陰陽師は五人。

 宗明達と合流すれば対処できると思われた。

「問題なのは志人さんね」

 事情を聞いた美陽が、ハンドルを握りしめる手に力を込めた。

「盾に取られると辛いね」

 幸子が腕組みをして答える。

「汚ねぇマネしやがって」

 道真が拳を固く握りしめた。

「清也の話からすると、葛木以外は大した能力はないらしいからね。真っ当な手段でやり合う気はないだろうね」

 幸子の言葉に、二人は黙り込んだ。


 ドアの閉まる音、エンジンのかかる音で車に乗せられたのは分かった。

 目隠しをされたままなので、向かう先までは分からなかった。

 志人は意識を集中して周囲を探る。

 隣には薄い気配と固い感触。おそらくロングコートの男だろう。

 その隣には九尾の存在が感じ取れる。

 運転席には葛木茂。

 鼻歌を歌っているせいで間違いようがなかった。

「伝説の九尾の狐を調べられるなんて、夢にも思いませんでしたよ」

 弾む声で茂が言う。

「そのためだけに里を襲ったのか?」

 志人の問いに、茂は笑ってから答えた。

「九尾の狐だけが狙いなら、もっとスマートなやり方はありますよ。あそこを消したのは、仲間の意向です」

「どうしてそんな事を」

「本家と分家では権限が大きく変わります。掟の改定ができなければ研究も大っぴらにはできませんし、使える予算にも差が出るんですよ」

「そんな事のためにっ」

 志人が怒りを露わにするが、茂はご機嫌なままだ。

「陰陽道は変革を認めてこなかった。もっと研究し、進化させれば妖退治だってもっと楽にできるはずなのにね」

 茂が持論を展開する。

 その主張は志人にも理解できた。技術革新を進めれば、もっと効率の良い戦い方もできると思っている。

 四神手甲の力を借りたとはいえ、扱いの難しい四神の力を使って九尾の狐を調伏した事実もある。

 だが、主張は同じでも手段は全く同意できなかった。

「事前に察知されて迎撃されたのは計算外でしたけど、伏兵も用意してますし。陥落は時間の問題でしょう」

「伏兵?」

 志人が聞き返す。

「あそこは南からしか攻められない立地になりますけど、それはあくまでも地上戦での話です。攻め入る方法はあるんですよ」

 茂が得意げに解説を始めた。

「もう手遅れなので教えてあげますけど、妖を誘導する魔法陣は六大家以外にもありましてね。北から襲撃するように仕組んでおきました」

「そんな……」

 志人は驚いたような声をあげた。

 赤羽が迎撃に向かっている事は悟られていないようだった。

(黙ってた方がいいな。気分良く話してるうちに、少しでも情報を引き出しておくか)

 志人が考えを巡らせる。

「なんで華凛さんだけ助けた?」

「ん? ああ、別に助けたわけじゃないです。本家の証である四神手甲を確実に手に入れるために、事前に動いてもらっただけですよ」

 勝ちを確信している上に運転中の退屈凌ぎもあって、茂はいつにも増して饒舌だった。

「あの人の旦那さんに対する愛情は凄いですね。里の仲間を裏切ってまで、私達のために動いてくれたんですから」

「政明さんは亡くなってるはずだろ?」

「ええ、そうですよ」

 答えを焦らすように、茂は少しだけ間をおいた。

「滋岡さんは死人還りをご存じで?」

 その言葉を、志人は知っている。

 死んだ人間の体を再生し、魂を呼び戻す外法。試みた記録はあっても、成功例は一度もなかった。

「なぜ失敗していたか? それは肉体に問題があったと僕は考えます」

 自分の研究内容を話せるのが嬉しいようで、茂の口調はいつもより楽しそうだ。

「過去の事例では死んだ肉体をそのまま使用したり、似た体型の人物の体を使ったりとお粗末な方法で行われてました。無理もないです。同調できる生きた肉体を用意するなんて出来ない時代でしたから」

 茂は一度言葉を切った。

 志人は、すぐに答えに行き着いた。

「クローンか」

「その通り!」

 答えを待っていた茂が、嬉しそうに声を上げた。

「クローン技術で肉体を再生し、陰陽術で魂を呼び戻す。現代において、死人還りは不可能じゃあないんです!」

 志人は目隠しをされたままだったが、茂の笑顔は想像できた。

「既に肉体の再生は終わっています。あとは魂を呼び戻すだけ。その触媒としても四神手甲が必要だったんです」

「そんな事が、本当に可能なのか?」

 演技なしの素直な驚愕。

 志人の声は震えていた。

「反魂さえうまくいけば。戻ったらすぐに実験開始です」

 浮かれる茂に、志人は言葉を失った。

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