第44話 魔法陣
「
茂が去ってからしばらく後、庭を駆け回っていた九尾が志人を呼んだ。
珍しく切羽詰まった感じの声に、志人は慌てて声の方に向かう。
九尾は、庭の蔵の中にいた。
志人も何度か足を踏み入れた事があるが、錆びた農具や古い書籍や衣服が眠っているだけで必要と思われる物はなかった。
埃っぽい空気に眉をしかめるが、九尾が指差す物を見てその眉間のシワが更に深くなった。
蔵の壁に見知らぬ札が貼られており、その呪符を中心とした魔法陣が描かれていたからだ。
「村に満ちていたいい匂いの正体はこれじゃ」
九尾がいつになく真剣な顔で言う。
志人には理解が追いついていなかった。
誰かがこっそり作った物だろうが、いい匂いがするだけの魔法陣など作る意味があるだろうか。
その姿を見て九尾が大袈裟にため息をつく。
「わからぬか? クオンと
その言葉を聞き、志人の顔が青ざめる。
「まさか」
「どこまで範囲が広いかは分からんが」
そこでクオンも蔵の入り口から顔を覗かせた。
「下手をすると付近の
志人は慌ててスマートフォンを取り出すと、写真に説明を添えて宗明に送信する。
電話はすぐにかかってきた。
「この話、間違いはないか?」
そうであって欲しいという気持ちを抑えながら、宗明が確認する。
「蘆屋家でも同じ匂いがしていたらしい。下手をすれば村中に同じ物があるかもしれない」
更に過酷な情報を聞かされ、宗明は強く目を瞑った。
「その魔法陣、詳しい事を調べられるか?」
「やってみる」
宗明の頼みに答えると、志人は幸子から借りたままだった呪符の本を取りに戻った。
宗明はすぐに六大家の各家に通達した。
首謀者の狙いがこの里を守る結界を壊すことだと思ったからだ。
続けて調査専門の陰陽師を総動員して、周囲の妖の活動状況を確認させるよう指示を出した。
(この状況で道真達がいないのは辛いな)
小さくため息をつくが、そうしていても状況は変わらない。
宗明は戦いの準備をするべく安倍家へと戻る事にしたが、その道中でスマートフォンが何度も鳴った。
通話を切るたびに頭が痛くなる。
魔法陣は六大家だけでなく、役所にも描かれていた事。
幸子達が策にはまって追跡が難航している事。
それらの報告を受けるだけで心が削られる。
さらにスマートフォンが鳴った。
志人からだ。
「この魔法陣、やっぱり妖を誘導するのに使わる物らしい。広範囲に撒き散らすんじゃなく、匂いの道を作ってるみたいだ」
その説明に、宗明は奥歯を噛みしめる。
「消す事はできるのか?」
「できるとは思う。やってみるか?」
すぐに消してしまいたかったが、宗明はその言葉を飲み込んだ。
「目標を失った妖がどう動くか予想がつかない。目的地を変更するか、ルートを割り出す事は?」
電話の向こうで九尾と何か話しているようだ。
その時間ももどかしい。
「目的地の変更は難しいけど、九尾とクオンなら匂いを辿れる」
「ありがたい。魔法陣は六大家と役所の七カ所に設置されている。全てのルートを割り出してもらいたい」
「わかった。すぐ動く」
通話が切れると、宗明は今日何度目かのため息をついた。
安部家の屋敷についた彼は、屋敷の裏手に設置された魔法陣を確認する。
淡く禍々しい光を放つそれを睨みつけると、近づかないよう使用人達に指示を出した。
そのまま仏間へと足早に向かう。
(今度は俺に力を貸してくれ。父さん)
仏壇に手を合わせると、四神手甲が納められた箱を開ける。
そこには、何も入っていなかった。
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