第42話 別れの挨拶
志人は食後のお茶を飲みながら、隣で大の字になって横になる九尾を見つめていた。
今でも信じられない。
伝説の九尾の狐を自分が従えている事が。
自分の左手の甲を見る。そこには確かに契約の証が刻まれている。
「なぁ、九尾」
「なんじゃ」
少し面倒くさそうに、半目を開けて答える九尾。
「今の九尾はどれくらいの力が出せるんだ?」
志人の問いに、九尾は横になったままで答えた。
「お主らと戦ったときの妾の力を百とするなら、十くらいかの」
「それは回復すれば増えていくもの?」
重ねた問いに、九尾はしぶしぶ起き上がる。
「今はこれが限界じゃな」
冷めたお茶を一口飲むと、説明を続ける。
「主従契約を結んでおるとな、主人の力を上回る事ができなくなる。無理をすれば二十くらいまでは出せるかもしれんがな」
「つまり、俺が力をつければ九尾も強くなると?」
「そういう事じゃ。精進せい」
九尾はそう言って微笑むと、立ち上がって大きく伸びをした。
そのタイミングでインターホンが鳴る。
洗い物をしていたクオンが手を拭いている間に、九尾が玄関へと駆けていった。
「滋岡さん、ちょっといいですか?」
外から聞こえた声は、意外な人物のものだった。
九尾は廊下の途中で止まり、外の様子を伺っている。
志人とクオンは並んで玄関まで進んだ。
「何の用だ?」
志人の声を聞くと、おもむろに引き戸が開かれた。
立っていたのは、全身に包帯を巻いた茂だった。そんな状態でも、薄ら笑いを浮かべているのは変わらない。
「もう動いていいそうなので、京都に戻ろうかと思いまして。ご挨拶に伺いました」
「それはご丁寧にどうも」
「つれないなぁ」
茂は困ったように笑った。
九尾との戦いで朱雀の力を使った茂は、全く動けない状態だった。
安部家の一室で治療を受けていると聞かされていたが、歩ける程度には回復したようだ。
「滋岡さん、約束の件なんですが」
「約束?」
志人には心当たりがない。
「やだなぁ。九尾の狐と戦ったときに言ったじゃあないですか。無事に帰れたら一緒に研究しましょうって」
(言われてみれば、そんなことを言っていた気がする)
志人は朧げに思い出したが、首を横に振った。
「あれはお前が勝手に言っただけだ。組むつもりはない」
「やっぱりフラれちゃいましたか」
苦笑いを浮かべて茂が頭を掻く。
「仕方ないですね。大人しく帰るとします」
答えが分かっていたのか、あっさりと背を向けて敷居を跨ぐ。
「それじゃあ滋岡さん、いずれまた。頑張ってくださいね」
にやり、といやらしい笑みを浮かべて茂は引き戸を閉めた。
九尾が舌を出してそれを見送る。
そのまま立ち去るのを確認すると、三人は居間に戻った。
茂が駐車場へと続く階段を降りると、すでに迎えの車が待っていた。
後部座席にゆっくりと腰を下ろすと、スマートフォンを取り出す。
通話履歴から目当ての番号を見つけて発信する。
相手はすぐに出た。
「どうもどうも。やっぱり嫌われてました。残念ですね、面白い人だったんですが。……、はい。そちらは滞りなく。九尾の狐を従えたのは計算外でしたが、計画は問題なく進みそうです」
車は狭い砂利道を進み、里の入り口のゲートに差しかかる。
茂は窓を開けて身を乗り出すと、監視カメラに向かってにこやかに手を振った。
ゲートが開き、車が走り出す。
茂は窓を閉めると、再びスマートフォンを耳に当てた。
「そうですね。九尾の狐を放置するわけにもいかないですし、機を見て捕獲します」
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