第39話 復旧

 昼が近くなった頃、作業中の志人の様子を伺いに宗明がやってきた。

 見守る事に早々に飽きた九尾は、クオンに膝枕をされつつソファーで昼寝を決め込んでいる。

 その緊張感の無さに苛立ちを露わにしそうになるのを堪えて、立ちあがろうとするクオンを片手で制した。

 宗明は志人の隣に立つと、モニターを覗き込む。

 そこには見慣れない文字列が並び、上へと流れていっていた。

「進捗状況は?」

「今のところは順調です。あと一時間もあれば復旧できそうですよ」

 志人が得意げに笑ってみせた。

 宗明は驚いて言葉を失ったが、すぐに思案顔に戻る。

「復旧したらすぐに調べたい事がある。直近の妖討伐依頼の受諾状況だ」

 真剣な眼差しを向けられた志人は、素早くマウスとキーボードを操作する。

「それくらいなら覗けるかもしれない」

 期待に身を乗り出す宗明を気にも止めず、新しいウィンドウを開く。

 そこには五件の依頼内容と、受けた陰陽師の名が表示された。

「この一週間で受けられたのは五件。どれも簡単な小鬼退治みたいですね」

 そこに並ぶ名前を見て、宗明は辛そうに目を閉じた。

 志人はその顔を不思議そうに見つめる。

 その視線に気がついた宗明は、モニターから視線を外して説明を始めた。

「皆、手練れの陰陽師だ。簡単な小鬼退治だとしたら帰りが遅すぎる」

「何かトラブルが起きたか。俺とクオンが上級の妖と戦った時みたいに」

 その推理に、宗明は言葉に詰まる。

「それは……、考えにくい」

 説明を待つ志人を見下ろし、宗明は重い口を開いた。

「あの時の依頼に関して、隠していた事がある」

 一度言葉を切ってから、宗明は志人の目を真っ直ぐに見つめた。

「母が依頼内容を改竄していたのだ。危険度の低い依頼だと」

 驚きの表情を浮かべる志人に、依頼の事前調査の過程を簡単に説明する。

「小鬼の発見頻度や周囲の生態系の状態などから、群れの規模や危険度を判定している。調査報告書とアプリに反映されていた内容が違っていたのだ。母が、お前達を始末するために」

 視線を向けられたクオンは、辛そうに視線を下ろした。

「すまない」

「貴方が謝る事でもないでしょう」

 素直な謝罪に驚きはしたが、志人はすぐにその言葉を返した。

「……事前調査が甘く、不測の事態が起こる可能性も否定はできない。だが、五件一斉にとは考えにくい」

 宗明はバツが悪そうな顔をしながらも、説明を続けた。

 それを聞いた志人は、別の視点で考え始める。

「貴方にこんな事を言うのは気が進まないのですが」

「宗明でいい。……それで?」

 彼の言葉に頷くと、志人は自分の推理を語り始めた。

「安部家に恨みを持つ何者かが、討伐に向かった人たちを襲ったとは考えられないか? その後で華凛さんを誘拐して、撹乱のためにこのパソコンからウィルスを送り込んだとか」

 志人の言葉に、宗明は眉間を寄せて考え込む。

「あり得ない話ではないが、監視カメラには部外者がこの部屋に入った記録が残っていない。誘拐の可能性は残るにしても、ウィルスを入れたのは母だと思う」

「だとしたら脅されてウィルスを? としたら何かメッセージが残されててもいいはず」

 志人は独り言のように呟いて、華凛のパソコンを操作する。

 その姿をじっと見つめていた宗明だったが、スマートフォンが着信を告げたので少し距離を取る。

 発信者は幸子だった。

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