第38話 消えた痕跡
志人は一度滋岡家に戻ると、ノートパソコンを持って役所に戻った。
里に来る前の志人の部屋にあった私物は、全て送ってもらっていた。
ずっと陰陽道の勉強に明け暮れて使っていなかったので、ずいぶんと懐かしく感じた。
華凛の執務室は綺麗に片付いており、荒らされた形跡はない。
志人は華凛のパソコンと持参したノートパソコンを繋ぐと、小さく息を吐いた。
「何が始まるんじゃ?」
九尾が興味深げにモニターを覗き込む。
クオンも志人の背後に立って、同じようにモニターを見ている。
「ま、見てなって」
志人がキーボードを叩くと、少しの読み込みの後で華凛のパソコンが立ち上がった。
そのままメインコンピューターへと接続を試みる。
ウィルスソフトに弾かれて動かなくなるが、すぐに別のアプローチを始めて突破する。
システムダウンの原因は、華凛のパソコンから侵入したウィルスによるものだった。
それもあまり複雑なものではなく、志人にも対応可能な物だった。
「これなら午後までには復旧できるかもしれない」
志人がキーボードを叩きながら呟く。
クオンも九尾もそれがどれだけ凄い事なのかが計り知れず、曖昧に頷く事しかできなかった。
宗明は指揮を取りながらも焦っていた。
最近、華凛とは分かり合えない事が増えていたが、里に危害を加えるとは考えにくかった。
何者かに拉致され、濡れ衣を着せられている可能性もある。
行方が知れない事自体も心配だったが、その経緯がわからない事に苛立ちを感じていた。
朝から調べた中で、不可解な点が二つ。
昨晩から今朝までの間に、車が一台無くなっていること。
華凛と親しかった陰陽師が数名、所在が知れないこと。
後者に関しては一週間程前からいなくなっているため、単に周辺の小鬼退治に出ている可能性もある。
だが、それを確認しようにも管理していたメインコンピューターが動かない事にはどうにもならなかった。
スマートフォンが着信を告げる。
蘆屋幸子の名を確認すると、通話を開始する。
「こっちはあらかた準備できたよ。まずはどこに向かえばいい?」
「先ほど警察から連絡があった。無くなった車は、県道を南に抜けた所にあるコンビニの先で乗り捨てられているようだ。まずはそこに向かってほしい」
「わかった。里は任せたよ」
短く答えて幸子は通話を終えた。
華凛の捜索に向かうのは幸子、道真、美陽の三人になった。
状況が読めない今、里の戦力を割くのは危険でもあるし、明確な手がかりもないままで動く事も憚られたからだ。
「宗明様。東北支部の坂井様からお電話です」
事務の女性から声がかかる。
「すぐ行く」
宗明は足早に事務所に向かった。
既に県道まで車を走らせていた美陽は、すぐに乗り捨てられた車を発見した。
少し距離をおいて停車すると、三人は足早に見慣れた車に向かう。
それは田んぼのあぜ道の真ん中に、無造作に停められていた。
外傷もなく、人の気配もない。
幸子が呪符を一枚取り出して念を込める。
「変だね。残滓がない」
幸子の言葉に、二人は眉を寄せた。
通常、人が動いた所には何らかの痕跡が残る。
幸子はそれを調べたのだが、完全に消えていた。
「わざわざ痕跡を消してるって事は、追跡される事も想定済みって事か」
道真が腕組みして呟くように言った。
辺りを見渡していた美陽は、走ってきた道路の先を見据える。
「この辺りに身を潜めるんだとしたら、車の置かれてる位置が不自然ね。私ならもっと手前に停めて車を乗り換えたように見せかける」
「つまり……、どういう事だ?」
道真の問いに、幸子が大きく溜息をつく。
「あんた、本当に考えなしだね。痕跡を消す程慎重になってるなら、自分の向かう先も悟られないようにするだろ? あぜ道を通って林に潜むなら、逆に道路側に車があった方が追っ手の目を誤魔化せるんだ」
「って事は、道路の方に向かったわけだよな? それこそ林の手前まで車で行った方が裏をかけるんじゃないのか?」
今ひとつ納得いかない様子の道真に、今度は美陽が答える。
「確かにね。中途半端な位置に停めたのは、こうやって撹乱する目的もあると思う。だけど、里に近いこの辺りに身を潜めるのはリスクが高いよね。どんな理由か分からないから断定はできないけど、車を乗り替えて遠くに移動してる可能性が高いと思う」
「賛成だね」
幸子が同意して頷いた。
「警察に行って監視カメラを調べよう。華の車の前後に、乗り継いだ車がいるはずだ」
道真はまだ釈然としなかったが、反論する理由も挙げられずに大人しく従った。
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