第37話 失踪
今まで静かだった朝食の場は、九尾が加わることで騒がしくなっていた。
ずっと封印されていた彼女にとって、現代の食事は珍しいものばかりだった。
幸子が面白がって毎日違うメニューを用意していたので、九尾の興味は尽きなかった。
今朝もミートソースパスタに、鶏肉とキノコのバルサミコ酢サラダという変化球で攻めてきた。
口の端にミートソースをつけたまま、幸せいっぱいの笑顔でパスタを頬張っている。
「よく噛んで食べるんだよ」
ついこの前まで宿敵だったとは思えない声音で幸子が注意する。志人の看病を頑張っていたのを見て、古の妖に対する敵意は消えていた。
九尾は幸子の注意に素直に従って、口の中のパスタを噛み締める。完全に胃袋を掴まれていた。
「ん?」
先に食事を終えていた道真が、スマートフォンを見ながら眉を寄せた。
「どうした?」
「討伐依頼のアプリが起動しねぇ」
志人の問いに、道真がつまらなそうに答えた。
志人も自分のスマートフォンでアプリを起動してみる。
画面が暗転するだけで、アプリが起動することはなかった。
一度スマートフォンの電源を落として再起動させてみたが、効果はなかった。
二人が首を傾げていると、不意に志人のスマートフォンに着信があった。
宗明からだった。
「もしもし」
「朝早くにすまない。すぐに役場に集まってもらいたい」
彼の声は、いつになく落ち着きがなかった。
「どうした?」
「説明は皆が集まってからだ」
それだけ告げて一方的に通話を切られてしまった。
意味が分からず道真と顔を見合わせる。
「珍しく取り乱してんな」
彼の耳にも宗明の様子は届いていたようだった。
志人は台所に戻った幸子にも事情を説明し、すぐに役所に向かう事にした。
朝食を残す形になった九尾は頬を膨らませていたが、しぶしぶ志人に従った。
役所の会議室には、既に賀茂家の三姉妹が到着していた。
「おはよ。朝早くから何だろね?」
美陽が少し眠そうに挨拶した。
美月は静かに会釈をするだけだった。
美雲は志人と目が合うと、バツが悪そうに視線を逸らした。
とりあえず各々席に着き、宗明を待つ事にした。
階下からは慌ただしく走り回っている職員の喧騒が聞こえてくる。
やがて階段を駆け上がる足音と共に、宗明が会議室にやってきた。
「朝早くからすまない。結論から言おう。母が失踪した」
宗明の言葉に、全員が眉を寄せた。
「それだけではない。里のメインコンピューターがシステムダウンしている。今の所、復旧の目処がたっていない」
「それでアプリが動かなかったのか」
道真の言葉に、宗明が頷いた。
「華凛さんの失踪とシステムダウンに関連性は?」
美陽の問いに、宗明は視線を落とした。
「まだはっきりとは言えないが、母の仕業である可能性がある」
彼自身、認めたくない答えだった。
「何で安部家の人間がシステム壊して逃げてんだ?」
道真の言葉に、宗明は黙ったまま首を横に振った。
「まだ発覚してから間もない。詳しい事はこれから調べるとして、あたしらはどうすればいいんだい?」
苛立つ息子を制して幸子が聞いた。
宗明は一同を見渡してから口を開いた。
「母の行方を追う者、里の警備に当たる者に分かれてもらいたい」
そう言ってから宗明は志人をじっと見つめた。
「滋岡、まだ動けないか?」
「正直きびしい」
志人は申し訳なさそうに顔を伏せる。
「だけど」
続く言葉に皆の視線が集まった。
「システム復旧には力を貸せるよ」
この里に来て、初めて志人は不敵に笑って見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます