第36話 新たな従者

(何度こんな感じで目を覚ましただろう)

 志人は天井を眺めながら、そんな事をぼんやりと考えた。

 目を覚ましたのは、九尾との戦いが決まってから寝泊まりしていた蘆屋家の一室。

 時間を確かめようと身体を動かすと、全身を激痛が襲った。

 今は指一本動かせそうにない。

 クオンの気配は感じられない。

 それが酷く不安に思えた。

「私の全てを、捧げます」

 彼女の言葉が蘇る。

 九尾は倒せたはずだ。

 だが、クオンは?

 焦りが身体を動かそうとするが、痛みがその邪魔をした。

「くそっ」

 毒付くだけで胸が痛む。

「無理をするでない」

 廊下から、少女の声がした。

 なんとか首を動かしてその姿を見る。

 そこにいたのは、のぞみと同い年くらいの少女だった。

 長い金髪をツインテールに結び、巫女服に身を包んでいる。

「まだ寝ておれ。一週間は安静にな」

 少女は可愛らしく微笑むと、志人の口にストローを咥えさせる。

 匂いでわかる。幸子の特製薬草茶だ。

 味は最悪だが、回復するには最適な手段なので我慢して飲む。

 人肌に冷まされたそれを一気に飲み干すと、志人は再び少女に視線を向けた。

「君は?」

「見て分からんか?」

 訝しげな顔で問われるが、見た覚えはない。

「こんなナリでは無理もないか」

 小さく溜息をつく少女。

 金髪。巫女服。

 想起されるのは。

「九尾⁉︎」

「正解じゃ」

 ぱんっと手を叩いて嬉しそうに微笑む。

 志人は全身から冷や汗が出るのを感じたが、やはり身体は動かない。

「安心せい。取って食おうなどと思わん」

 そう言って巫女服の胸元をはだけ、刻まれた魔法陣を見せる。

「ほれ、そなたと交わした契約の印だ」

 志人はそれを目にして息を飲む。

 確かにそれはあやかしとの主従契約を結ぶ印だった。

「まさか妾を従わせる人間が現れるなどとは、思いもしなかったぞ」

 なぜか嬉しそうに微笑む九尾。

「しばらくは退屈せずにいられそうじゃ」

 その笑みは、無邪気な子供そのものだった。

「わかったから、しまってくれ」

 視線を逸らして志人が言う。

 九尾はきょとんと彼を見たが、意図を理解すると悪戯っぽく笑みを浮かべた。

「ウブな奴じゃのう。どれ、添い寝でもしてやるか」

 そう言って布団の中に入ってくる。

「ちょっ、お前」

「これも治療の一環じゃ」

 そう言って志人の身体に擦り寄ってくる。

 確かに、そうしていると九尾の力が流れ込んでくるような感じがした。

 温かな力が、志人の痛みを消してゆく。

 その心地良さに、志人は自然と目を閉じた。

「ふふっ。寝顔は子供のようじゃな」

 寝息を立て始めた志人に、九尾は小さく笑った。


 一週間後。

 まだ全快とはいかなかったが、志人は立って歩ける程には回復していた。

 左手の甲には、九尾の狐の主人である証が刻まれている。

 九尾は甲斐甲斐しく志人を看病していた。無茶な戦い方をした割に回復が早いのは、彼女のおかげだった。

 クオンも蘆屋家の屋敷の一室で、幸子の治療を受けていた。

 完全な妖なら全ての力を渡して消えていてもおかしくない状態だったが、半人半妖の彼女は人としての部分が残り、消えずに済んだようだった。

 後遺症として力の調節が上手くいかず、耳と尻尾が隠せなくなったが小さな問題だった。

「志人様」

 今日も彼女の声で目を覚ます。

「早く起きるのじゃ」

 小さな従者の声が続いた。

 志人は大きく伸びをすると、まだ僅かに痛む身体を起こして襖を開ける。

「おはよう」

 彼の挨拶に、二人は笑顔で答えた。

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