第35話 契約

 戦いの行く末を見守っていた六大家の者達は、何が起きたのか理解できていなかった。

 皆が言葉を失い、静まり返った結界内を見下ろしている。

 戦いを記録していたモニターが、九尾の狐の討伐を認めた。

「九尾、沈黙しました」

 モニターを見つめていた美陽が、起きた奇跡を告げる。

「っしゃー!」

 道真が拳を突き上げて歓声を上げた。

「結界を解きます。救護班、直ちに」

「待ちなさい」

 美陽の声を遮ったのは、華凛だった。

 彼女は祭壇に安置されていた呪符を手に取ると、それを宗明に差し出した。

「使いなさい」

 それは、九尾の狐を服従させるための呪符だった。

 今ならこの呪符を使うことで、九尾の狐を使役できるようになる。

 それは人類にとってどれだけ有益な事か。

 宗明の手が伸びる。

「てめぇ、本気か?」

 道真の言葉に手が止まる。

 命を賭けて戦った者達を差し置いて、これを使う事は酷く無粋な行為だ。

「今後の事を考えれば、これが最善です」

 華凛の言葉にも真理はある。

 宗明は迷ったが、その呪符を手に取ろうとした。

 自身の尊厳よりも、安部家の当主としての覚悟が勝ったためだ。

 呪符に手が触れた瞬間、ぱんっという音と共に宗明の頬に痛みが走った。

「最低」

 美雲が彼の頬を叩いていた。

 彼女は憎しみを込めた目で宗明を睨むと、呪符をひったくって階段を駆け降りる。

 美雲が地下に降りた時には、結界は解除されていた。

 真っ直ぐに志人の元に駆け寄り、その手に呪符を握らせる。

 志人は、目を覚さなかった。

(術さえ発動させれば)

 志人の意識はなくとも、契約は交わさせるはずだ。しかし、彼の中にはその力が残されていない。

 方法は、わかっていた。

 先程クオンが実践していた方法だ。

 美雲は戸惑いながらも、志人の顔を覗き込む。

 その唇を見つめて、鼓動を落ち着かせようと自分の胸を押さえる。

 大きく息を吐いて呼吸を整えると、意を決してその唇を近づけた。

「美雲!」

 美陽の声に顔を上げる。

 そこには、二人の姉の姿があった。

「三人なら、大丈夫」

 駆け寄った美月が、囁くように言った。

 三姉妹は顔を見合わせると、呪符を握らせた志人の手と九尾の手を合わせる。

「美陽、やめなさい!」

 頭上で叫ぶ華凛の声には耳を貸さずに、美陽は志人の胸に両手を当てた。

 そこに美月が左手を添える。

 美雲は美月の右手を取ると、自分の右手で志人の手を握った。

 三人で意識を合わせ、祝詞を唱える。

 呪符を中心に現れた五芒星は徐々に光を増し、力を発現させる。

 それは二つの小さな魔法陣となり、志人の左手と九尾の胸元に刻まれた。

 契約の完了を見届けると、賀茂家の三姉妹は同時に意識を失った。

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