第31話 挑む者、託す者
決戦前夜。
自室で呪符の確認をしていた
のスマートフォンが鳴った。
新年のイベント
スケジュール組んであるから
簡潔な内容だった。
二人はあれからイベント毎にテーマパークに通うようになっていた。
今年は年明けのイベントには行かなかったので、美雲は期待しているはずだ。
楽しみにしてる
志人も短く返して、メッセージの履歴を見返す。
季節を追う毎に二人で写る写真が増えている事に気がついた。
(死亡フラグにならなきゃいいけど)
苦笑いを浮かべてスマートフォンを机に置く。
その隣に並べた呪符は、どれも強力な物ばかりだ。
生半可な術は通用しないだろうから仕方がないが、この呪符全てを使い切るのは志人の実力から考えて不可能に思えた。
(それでも、装備だけは万全にしておくべきだ)
志人は呪符の全てをポケットに収めると、大きく溜息をついて部屋を見渡す。
ほんの一年前までは、こんな事になるとは思いもしなかった。
仕事に追われ心を病んでいた自分が、日本の未来を左右する重大な任務に就くことになろうとは。
しかも苦手としていた争い事で。
「志人様。よろしければお茶にしませんか?」
襖越しにクオンの声がした。
「ああ。そうしようか」
志人は答えて立ち上がる。
居間のちゃぶ台の前に座ると、クオンが急須と湯呑みを持ってくるところだった。
丁寧に注がれる緑茶を眺めながら、ここで過ごした日々の事を想う。
この屋敷で目が覚めて、困惑した気持ちを鎮めてくれたのもこのお茶だった。
クオンから湯呑みを受け取る。
折り紙ができずに苦戦した日も。
中等部で疲れきって帰った日も。
クオンはいつも志人を支えてくれていた。
「クオン」
急須を置いた彼女に向き直る。
「今まで、ありがとな」
「志人様。そんな事は言わないで下さい」
無表情の仮面は、随分と剥がれ落ちたと思う。わずかではあるが、彼女が辛そうに身を縮めるのがわかった。
「言い方が悪かったか。別に最後ってわけじゃなくてさ」
志人は慌てて言い繕う。
「ここに来てから、ずっと支えていてくれた事に感謝してるって言いたくて」
「後悔は、していませんか?」
上目遣いで問いかけてくるクオン。
志人はそれにゆっくりと頷いて答える。
「正直、戦うのは怖いけど。陰陽師としての自負も少しはあるし、何よりクオンを守る為の戦いでもある」
その言葉に、クオンは顔を上げて志人を正面から見つめた。
「
「ありがとうございます。私なんかのために」
深々と頭を下げるクオン。
その姿に、志人は小さく溜息をついた。
「その自己評価の低さ、九尾を倒したら少しは上げてくれよ?」
冗談っぽく言って、志人はお茶を一口啜った。
「はい。善処します」
クオンは顔を上げて、僅かに微笑んだ。
九尾の狐、討伐の日を迎えた。
クオンと二人、希の激励を受けて
向かう先は安部家の屋敷。
何も言葉を交わすこともなく歩き続けていると、途中で
「おはよう。いい顔してるじゃないか」
幸子が二人の様子を見て、安心したように頷いた。
「負けるんじゃねぇぞ」
いつになく真剣な顔で、
志人はそれに自分の拳をぶつけると、笑顔を見せた。
幸子から特製の丸薬を貰うと、四人で安倍家への道を進んだ。
屋敷の前には、
いつも笑顔の
「志人さん、クオンも。頑張ってね」
美陽の言葉に、二人は黙って頷く。
「ご武運をお祈りしております」
「約束、守りなさいよ」
志人は微笑んで頷いてみせる。
「二人で戻ってくるから」
そう言って皆の顔を見渡すと、志人はクオンと二人で屋敷に足を踏み入れた。
女中に案内されて、廊下の隠し階段から地下へ降りる。
細く長い階段が終わると、岩肌が剥き出しの洞窟になっていた。
「滋岡志人様、クオン様。到着なさいました」
女中の言葉に、立っていた男が振り返る。
「九尾を弱体化させる結界は万全だ。武運を祈っている」
「ありがとう」
志人は答えて奥へと進む。
「滋岡」
宗明の言葉に、志人が振り返った。
「……すまない。母の私情で死地に送る事になった」
初めて宗明は彼に頭を下げた。
これには志人も流石に狼狽を見せる。
「やめてくれよ」
志人は足早に宗明の元まで戻ると、渡された籠手を見せつけた。
「約束通り、ちゃんと返すから」
笑みを見せる志人に、宗明は黙って頷いた。
その肩を叩いて、志人は洞窟を奥へと進んでいく。
徐々に道幅が広くなり、天井も高くなっている。
やがて松明に照らされた多数の人影が志人達を迎えた。
「これで揃ったな」
七人が立っているのは、巨大な魔法陣の中だった。これが九尾を弱体化させる結界なのだろう。
「伝説との対面。わくわくしますねぇ」
「九尾の狐、討伐隊の皆様」
志人が見上げると、華凛と宗明がこちらを見下ろしていた。
その両脇には賀茂家と蘆屋家の面々の姿もあった。
「長きに渡る九尾の狐の脅威を、今日この日をもって排除できる事を信じております。どうかご武運を」
言いながら一人一人を見ていた華凛の視線が、クオンで止まる。
クオンは怯む事なく、真っ直ぐ華凛を見つめ返していた。
「九尾の結界、破ります」
清春の従者である稔が、一枚の呪符を手に洞窟の奥の壁に進む。
志人とクオンは身体強化の呪符を貼り、裕二は腰に下げた刀の柄に手をかける。
清春が両手の指を鳴らし、稔に頷いた。
呪符が岩肌に貼り付けられる。
稔が素早く清春の横まで戻ると同時に、呪符が輝き岩壁に光のヒビが入った。
光は壁一面に広がると、無数の梵字に姿を変える。
そして轟音と共に、一気に崩れ去った。
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