第30話 葛木茂

 翌日。

 昼食を終えて午後の鍛錬をしていた志人ゆきひとは、美陽みはるの声に動きを止めた。

葛木くずきさん?』

「どうも。あ、構わず続けて」

 しげるは薄笑いを浮かべながら、志人達に声をかける。

 少し落ち着かない感じがしたが、志人は道真とうまに向き直った。

 攻撃を受け流してからカウンターの一撃。それを避けられると呪符を投げて追撃。バランスを崩した所に更に追い打ち。

 身体強化をしているとはいえ、志人の攻撃は道真を苦戦させるのに十分だった。

 舌打ちをしながら距離を取ると、すかさず呪符が飛んでくる。

 小石を投げつけて迎撃すると、道真は一気に間合いを詰めた。

 それを待っていたかのように突き出されるナイフ。

 これも紙一重で避けると、道真は右の拳を志人の顎を目掛けて突き上げる。

 志人は身を捻ってそれを避けつつ、蹴りを繰り出す。

 道真はそれを受け止めると距離を取った。

「いやぁ、見事ですねぇ。去年まで素人だったとは思えません」

 茂が軽薄な感想を述べる。

 息が上がっていた二人は構えを解くと、休憩に入る事にした。

 クオンと美陽が二人に水筒を手渡す。

 幸子の特製薬草茶で喉を潤すと、二人して苦悶の表情を浮かべた。

 その様子を興味深く見ていた茂は、眼鏡を指で直して志人の籠手を注視する。

「これは素晴らしい。四神の力を宿した物ですねぇ。どこでこんな貴重な物を?』

 彼の問いかけに、志人は道真と視線を交わしてから答える。

「安倍家から借りた物です」

「なるほどなるほど。これを出すって事は、安倍家も本気で九尾きゅうびを討つつもりなんですね。いや、安心しました」

 腕組みをして頷く茂に、その場にいる全員が疑問の視線を送る。

「ほら、僕らって罪人じゃないですか。捨て駒にされるんじゃないかって心配してたんですよ」

 茂は薄く笑って言葉を続ける。

「九尾を弱らせるだけでも影響はだいぶ抑えられますからねぇ。厄介者を処分して妖の活動も低下させられれば一石二鳥って感じなのかと」

 それは、この場にいる全員が懸念している事だった。

 渡された九尾の狐のデータが本物だという確証はない。今回の戦いが、単に九尾の力を削ぐ為のものだという疑念は拭い去れなかった。

 重苦しい空気を気にもせず、茂が言葉を続ける。

「九尾の狐ってどんな奴なんでしょうねぇ? 研究者として興味が湧きませんか?」

 問いかけられた志人は、言葉の意味を理解するのに数秒を要した。

「研究者?」

「そうでしょう? 陰陽師の技術を使うだけの者達とは違う。新たな可能性を探る僕達は研究者だ」

 茂は誇らしげに胸を張る。

 彼の言葉に、志人は嫌そうに眉を寄せた。

「一緒にしないでほしい。俺は人体実験なんてしていない」

 拒絶を想定していなかったのか、茂は一瞬だけぽかんと口を開けた。

「人体実験とは人聞きの悪い言い方をしますねぇ。僕が使ってるのは人の形をしたゴミムシですよ?」

 茂は背後の木陰を振り返る。

 彼の動きに合わせて、ロングコートの男が姿を現した。

「こいつも救いようのない罪人でした。ですが捕まって無駄に死刑になるより、陰陽師の発展に貢献させたほうが有意義でしょう?」

「狂ってやがる」

 道真が嫌悪感を剥き出しにして吐き捨てる。

「常人に理解してもらおうなんて思っちゃいません。ですが滋岡しげおかさん、あなたなら理解できるはずだ」

「いや、理解できない」

 両手を広げて言う茂に、志人は即答した。

 誰もが動きを止めたまま、沈黙が訪れる。

 やがて茂はがっくりと両肩を落とすと、寂しそうな視線を志人に向けた。

「残念です」

 小さく呟くと、彼はロングコートの男を連れてとぼとぼと去っていった。

「あんなのと共闘するとか、大丈夫かよ?」

 二人の姿が見えなくなった頃、道真が志人に問いかけた。

「連携できそうな人、いないんだよなぁ」

 昨日の顔合わせを思い出し、志人は頭を抱えるしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る