第29話 決戦準備
役所から
冷たい風が二人の顔を撫でて去っていく。
「クオン、ごめん。俺が言う事聞かないせいで」
「私は大丈夫です。何があっても、志人様をお守り致します」
クオンはいつもの無表情の裏に、固い決意を滲ませていた。
志人は眉間を押さえて小さく息を吐いた。
「従者として尽くしてくれた事、感謝してる。でも今回の件は、俺の責任だ。クオンを巻き込みたくない」
主人の言葉に、クオンは黙って首を振る。
「志人様をお一人で戦わせるなど、私にはできません」
「命令だ」
「聞けません」
出会ってから一度もしなかった拒否に、志人は言葉に詰まる。それでも引き下がるつもりはなかった。
二人は睨み合ったまま、一歩も引かなかった。
どう説き伏せるか考えていた志人は、スマートフォンの着信音に思考を遮られた。
小さく溜息をついてポケットに手を入れる。
電話は
「志人さん。今、
作戦会議だ、と小さく道真の声がした。
「わかった。これから向かう」
短く答えると、志人は通話を終えて歩き出す。
クオンは無表情のまま、彼の後についていった。
クオンを戦わせたくない志人と、それに逆らうクオン。自分も戦うと言う道真。
更に幸子の提案で、志人達は蘆屋家に泊まり込む事になった。
家事全般は蘆屋家に任せ、志人とクオンが修行に集中できるようにするためだ。
修行相手は道真が買って出た。
美陽は修行中のケアを担う事になった。
滝行から始まり、道真との実戦訓練。幸子の特選薬草料理を食べ、呪符の研究をしながら更に実戦。
そんな日々が半月程続いたある日、唐突に
昼食後の休憩時間だったので、道真や美陽も同席する中、宗明は背負ってきた木箱をゆっくりと下ろした。
そこに入っていたのは、使い古された籠手。
息を呑んだのは幸子だった。
「宗明、あんた」
「何ができるか模索したが、これを渡す以外に有効な手段がなかった」
宗明は木箱から籠手を取り出すと、志人の前に置いた。
「これは父が使っていた物だ。お前の力を引き出してくれるだろう」
「
「まさか」
宗明は幸子の問いに短く答えると、志人に向き直った。
「安倍家当主として、これをお前に託す。父の形見だ。返してくれよ」
志人が深く頷くのを見て、宗明はそのまま帰っていった。
決戦の一週間前。
討伐メンバーが安倍家に集合する事になっていた。
志人が最初に顔合わせした部屋に、あの日と同じ顔ぶれが並んでいる。
(一年前は、こんな事になるとは思いもしなかったな)
志人が心の中で苦笑いする。
最初に到着したのは宗明の遠縁に当たる
堅太りの肉体は、中級の鬼と殴り合っても勝てそうな程強靭だ。
太い眉毛と顔の半分を覆う髭がワイルドさを更に際立たせていた。
従者である
次に入室してきたのは
手負いだったとはいえ、一人で上級の妖を調伏させた猛者だ。腰に刺した刀も、かなりの業物に見える。
裕二は音もなく座ると、そのまま腕を組んで目を閉じた。
最後に到着したのは汚れた白衣を身につけた男、
銀縁の眼鏡をかけた優男に見えるが、人体実験を繰り返していた異常者だった。
後ろには大柄な男が付き従っていたが、ロングコートとフードに隠されており、何の情報も得られなかった。
茂は一同を見渡すと、志人と目が合ったところで薄ら笑いを浮かべた。
そのまま何も言わずに座布団に胡座をかく。
「皆様、遠い所ご苦労様でした」
全員が揃った事を確認すると、
「
華凛の言葉が終わると、宗明が一同を見渡した。
「誰一人として成し得なかった九尾の調伏、此度の皆様ならば成し遂げられると信じております」
安倍家当主の言葉に、清春がつまらなそうに鼻を鳴らした。
「皆様のお部屋は、当屋敷内に用意しております。今夜はささやかではございますが、宴をご用意させていただきました。それまでの間、長旅の疲れを癒して下さい」
「必要ない」
清春が冷たく言い放って立ち上がった。
そのまま大股で歩いて部屋を出ていく。
「俺も、馴れ合うつもりはない」
そう言うと、稔も静かに立ち去った。
「僕もそういうの苦手でね。遠慮させてもらうよ」
茂も宴を断ると、志人とクオンに視線を送りながら部屋を出ていった。
「身勝手な連中だね」
幸子が溜息まじりに呟く。
困惑した一同の視線を受けた華凛は、バツが悪そうに咳払いをすると、
「宴は中止とします」
苛立たしげにそう言い残して、宗明と共に退出した。
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