第25話 小鬼退治
卒業してからも、
幸子が大袈裟に残念がるので、朝食は引き続き蘆屋家で世話になっていた。
志人と道真は、食後のお茶を飲みながら二人でスマートフォンを見入っていた。
卒業と同時に、志人のスマートフォンにも妖退治の依頼アプリがインストールされた。
志人、クオン、道真の三人で近場の小鬼退治を数件こなし、実戦経験も積んでいる。
「いや、やっぱダメだ」
道真が強めに断った。
二人が見ていたのは、隣の県の妖退治の依頼だった。中型の鬼が数体確認されている。
「小鬼は問題なく倒せてる。次のステップに進んでもいい頃だと思う」
志人の言葉に、道真は再度首を振る。
「中型はお前が思ってる以上に危険だ。一体だけなら連れて行くが、複数いる所には連れていけねぇ」
道真の顔は、いつになく真剣だった。
志人はクオンに視線を移す。
彼女も黙って頷いた。
「ここは俺と美陽で行く。志人にはこっちの小鬼を任せたい」
道真が示したのは、北に五十キロ程の山中に巣食う小鬼の群れを討伐する依頼だった。
「今までの奴らより規模が大きい。それに今回は二人だ。次のステップって事ならこれでも危険なくらいだ」
道真が引かないのを理解すると、志人は溜息をついてその依頼を受けた。
「焦る事はないよ」
食器を片付けた幸子が、お茶のお代わりを持ってやってきた。
「里に来て一年も経ってないんだ。ここまでやれてる事を誇っていいくらいだよ」
幸子は志人達の前に湯呑みを置いて、乱暴に志人の頭を撫でる。
「分かりました。道真の判断を信じます」
右に左に頭を揺すられながら、志人は理解を示した。
討伐依頼の内容と、それを受ける陰陽師のデータは安倍家が管理している。
翌日。
準備を終えた志人とクオンは、村が管理する車を借りて小鬼の巣に向かった。
確認されている個体は十五。
実際にはその倍の数がいる事を想定して挑むよう、道真から教えられている。
今まで志人が経験したのは、多い時でも二十体。それを三人で倒してきた事を考えれば、確かに難易度は上がっている。
車を降りて、黒い革のグローブをはめる。
色々な武器を試してみたが、志人にはナイフが適しているようだった。
道真が勧めてくれたククリナイフの鞘をベルトに固定する。
クオンも車を降りて、戦う準備を始める。
いつもの作務衣に手甲と脛当てという軽装だが、これ以上の装備は動きが鈍ってしまうらしい。
二人は食料などが入ったリュックを背負うと、山の中を進む。
四月とはいえ、まだ少し肌寒かった。
新緑の匂いが心地良いがハイキング気分でいられるはずもなく、志人は周囲を警戒しながら木々の間を抜けていく。
「志人様」
一時間程歩いたところで、クオンが小さく彼を呼んだ。
クオンの視線を追うと、木々の緑に紛れて小さな青い人影が動いているのが見える。
小鬼は自分の首の高さの草をかき分けながら、志人達の方へ向かってきていた。
数は三体。
志人はクオンと目配せすると、木の影に身を潜めた。ゆっくりとナイフと抜くと、耳を澄ませる。
草の葉が揺れる音が徐々に近づいてくる。
先頭の一体が視界に入ると、志人はククリナイフを一閃して細い首の半分までを切り裂いた。
慌てて身構えようとする一体の顔面を、クオンの拳が粉砕する。
残った一体が棍棒を振り上げた時には、志人がナイフの間合いに捉えていた。
喉にナイフを突き刺し、横に薙ぐ。
小鬼は断末魔を発することも出来ずに、そのまま草むらに倒れ込んだ。
数秒の間をおいて、小鬼の身体が黒い灰になって崩れ去る。
志人が息を吐いてクオンを見る。互いの無事を確認すると、二人は小鬼がやってきた方に進み始めた。
小鬼は廃屋や洞窟に潜み、獣や人を拐ってその血でより上位の鬼を呼び出す。
今の三体は供物を調達する者達だと思われた。
クオンが聞き耳を立てながら先行する。
二十分程歩いたところで、クオンが身を屈めた。志人もそれに習う。
三十メートル程先に、岩肌が見えた。
クオンはリュックの中に手を入れると、中から鼠を取り出した。
じたばたと暴れるその腹に呪符を貼り付けると、地面に下ろす。
鼠は一直線に岩肌に向かうと、大人が一人通れそうな裂け目の中に走っていった。
意識を集中しているクオンの邪魔にならないよう、志人は周囲を警戒する。
側から見れば平穏な、志人にとっては緊迫した時間が三十分程続いた頃、クオンがゆっくりと目を開けた。
「中はほとんど一本道です。奥の開けた場所に十三体確認しました。鼠が殺されたのでそれ以上は分かりませんが、洞窟の規模からしてそれ以上はいないと思われます。途中、道幅が狭い所があるので、そこで迎え討つのが得策かと」
放った鼠の視界から得た情報を告げるクオンに、志人は黙って頷いた。
「他に狩りに出てる奴らがいないといいが」
「その時は後方をお願いします」
志人の呟きに、クオンが答えた。
二人は作戦を確認すると、洞窟の中へと入っていく。
入り口こそ狭かったが、中は幅四メートル、高さ三メートル弱の道が続いていた。
程なくして、その道幅が狭くなる。
志人は懐中電灯を置くと、ナイフを構えてクオンに視線を送った。
彼女は頷くと、その拳を岩壁に叩きつける。
手甲の金属が岩を砕き、派手な音を鳴らす。
洞窟の奥から理解できない声が聞こえ、複数の足音が近づいてきた。
暗がりから小鬼が姿を現す。
クオンが飛びかかってきた一体を殴り飛ばす。
その横を抜けてきた一体を志人のナイフが襲う。
構え直す隙を与えずに三体目の棍棒が振り上げられたが、クオンの回し蹴りを首に受けて壁に叩きつけられた。
そのまま足を振り上げて、迫る四体目の頭に踵落としを決める。
二人の連携で、瞬く間に洞窟は静かになった。
「終わったか」
大きく息を吐く志人に、クオンの表情は固いままだった。
「二体足りません」
クオンの言葉に、志人は気合を入れ直す。
懐中電灯を拾い上げると、足早に洞窟の奥に向かった。
進むにつれて、空気が冷たく感じられる。
志人は酷く嫌な予感がして並走するクオンを見た。
顔色が悪い。彼女は何かを感じ取っているようだった。
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