第24話 思惑

 十二月二十四日。夜。

 宗明ひろあきは暗い山道に車を走らせていた。

 県道から離れ、砂利が敷き詰められた狭い道を進む。

 しばらく走ると開けた場所に出た。

 見慣れたミニバンの隣に駐車すると、その中を覗き込む。

 誰も乗っていない事を確認すると、白い息を吐きながら坂道を登り始めた。

 丸太を置いただけの簡素な階段は、所々割れて脆くなっている。

 足元に気をつけながら登り終えると、古びた展望台に人影が見えた。

 月明かりしかない道を進むと、人影が振り返った。

「車で待っていても良かっただろうに」

「星が見たくなってさ」

 そう答えて、美陽みはるが夜空を仰ぐ。

 寒さのせいか、鼻が赤くなっていた。

「それで、話というのは?」

 促された美陽は小さく鼻を啜ると、宗明を真っ直ぐに見つめた。

「志人さんの事だけどさ。追い出さない方がいいかなって思って」

 美陽の口調は、いつになく真剣だった。

 宗明は小さく溜息をつくと、コートのポケットに両手を入れる。

「美陽が言い出した事だろう?」

「うん。だから会ってちゃんと話そうって思って」

 美陽は俯いて、申し訳なさそうに肩を縮める。

「最初はね、頼りない男に妹を渡したくないって思ってた。でも、志人さんはしっかりした大人で、努力も惜しまない。それに、稀に見る逸材じゃない?」

 美陽の言葉に、宗明は小さく頷いた。

 認めたくはなかったが、この短期間に中学一年までの課程を修了している。担任に妨害を命じていなければ、更に進んでいたかもしれない。

「性格も良さそうだったし。道真とうまがいなければ、私がつきあってたかも」

 そこで美陽は宗明の顔を覗き込んだ。

 彼は面白くもなさそうに聞いているだけだ。

「……妬いてる?」

「誰が」

 宗明の素っ気ない答えに、美陽は小さく笑った。

「だよねぇ。ヒロ君は美月みつき一筋だもんねぇ」

 悪戯っぽく言って展望台の端まで歩く美陽。

 宗明も小さく溜息をついてから、その後に続いた。

「美月の事は心配してないんだ。好きになってくれる人と一緒になれるのが一番だと思うから」

 宗明はどう答えていいか分からず、口を開かなかった。

美雲みくもには自由になってほしいって思ってる。もしもの時でも志人さんと美雲なら、華凛かりんさんに何を言われても反対できそうって思った」

 以前、電話で美陽が動いてみると言っていたが、その結果が出たようだった。

 そこには合点がいった宗明だったが、気がかりな点が残っている。

「妹の事は分かったが、美陽自身はどうなんだ? 別に道真とうまが好きって訳でもないんだろう?」

 美陽は遠くの街明かりを見つめながら、小さく鼻を啜った。

「私は別にいいんだ。賀茂家かもけの代表として断りづらいっていうのもあるし」

 幼い頃に両親を亡くした美陽は、賀茂家の当主としての役目を果たしてきた。

 六大家の決まりを疎かにはできなかった。

「それに、あいつも意外と可愛いとこあるしね」

 そう言って宗明に向けた笑顔がぎこちなく見えたのは、寒さのせいだけだろうか。

「俺も、あの風習は間違っていると思っている。母が騒ぎ出したら止めるつもりだ」

「それで止まってくれる人かな」

 美陽は不安そうに呟いた。

 宗明はそれに答えられない。

 沈黙した二人の間を、冷たい風が吹き抜けた。

「でも、意外だったな。気にかけてくれてたんだ?」

 いつもの調子に戻って、美陽が努めて明るく言った。

「幼馴染だからな」

 宗明の言葉に美陽は一度顔を伏せると、彼の背中に自分の背中を合わせた。

 宗明の背後で、小さく鼻を啜る音が聞こえる。

「ありがと」

 そう囁くと、美陽は宗明から離れた。

「志人さんの事、お願いね。早く卒業してもらって、戦力になってもらおう」

 美陽はそう言って、振り返らずに展望台を後にした。

 宗明はその背を見送る事もなく、遠くの街明かりを眺めていた。

 

 新学期を迎えた志人は、困惑していた。

 授業内容が陰陽道だけになり、放課後の補習も体術と陰陽道を組み合わせた実践的なものに切り替わったからだ。

 担任に確認しようかとも思ったが、機嫌を損ねて戻されても嫌だったので止めておいた。

 一月の末には高等部に進み、そこでも何の問題も起きずに春には卒業を迎えた。

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