第22話 夢の国
日曜日。
開園直前のテーマパークの前には、既に行列ができていた。
早朝に
彼女から借りたミニバンの車内で何度か話しかけるも、美雲はスマホを見ながら短い返事をするだけだった。
列の長さにヤキモキしつつ、
それを横目で見ながら、志人は考えを巡らせていた。
「見に行く順番は決まってる?」
「まずは人気のアトラクションを抑えるつもり。分刻みでスケジュール組んであるから、ちゃんとついてきなさいよ」
美雲は行列の先を睨みつけながら答えた。
列は既に進み始め、ゲートが徐々に近づいてくる。
「入る前に一つだけ言っとく」
「何よ」
志人の言葉に、ぶっきらぼうな返事をする美雲。
「ここから先は夢の国だ。今いる世界とは違う。俺が誰とか気にせず、楽しむ事に集中しよう」
志人の提案に、美雲は今日初めて彼と視線を合わせる。
志人がニヤリと笑うと、美雲も口の端を吊り上げて笑って見せた。
ゲートを抜けるとすぐに美雲は早歩きで突き進んだ。志人は必死にその背中を見失わないようにする。
急ぎながらもあちこちに視線を巡らせ、興味を惹かれる物があると歩調を緩める。
園内を歩く着ぐるみの方に向かいかけて、首を振って元のルートに戻る。
後ろから見てるだけでも美雲がかなり
微笑ましく見守っていたいところだが、相手はプロのサッカー選手のように人を掻い潜っていくので和んでもいられなかった。
美雲が不意に立ち止まって振り返る。
小走りで追いつくと、そこは宇宙をモチーフにした絶叫マシーンの列だった。
「ちゃんと着いて来れたのね」
いつもの小馬鹿にした口調ではなく、弾んだ声で美雲が言った。
その事に自分自身で驚いた様子で、少し気まずそうに視線をそらす。
「美雲ちゃん、ここはもう夢の国だよ」
「ちゃん付けはやめて。子供扱いされてるみたいでムカつく」
膨れっ面で見上げてくるが、それもいつもの冷たい感じがない。
「わかった」
志人が微笑んで頷くと、美雲も満足げに頷いて見せた。
列は既に進み、次には順番が回ってきそうだ。
「できれば最前列が良かったけど、狙って乗るのは難しいね」
隣で志人を見上げながら美雲が言う。
「そりゃ、これだけ人気だとね」
志人が振り返ると、後ろにはもう二十人以上が並んでいた。
係員の案内で線路の横まで進む。
轟音を鳴り響かせて戻ってくる乗り物に、美雲は目を輝かせた。
客が降りてロープが外されると、美雲は素早く乗り込んで志人を視線で促した。
(急いでも早く出るわけじゃあるまいし)
志人が穏やかな笑みを浮かべて隣に座る。
下ろされた安全バーを掴む美雲の手が、興奮で震えているのがわかる。
全員が乗り込むと、ゆっくりと進み出す。
志人は期待に満ちた美雲の横顔を眺めていたが、
「ほら、始まるよ!」
美雲の言葉を受けて、前を向く事にした。
光のトンネルを抜けて、爆発する演出と共に加速する。
急旋回で体を揺さぶられる度に、美雲は歓声をあげた。
この手の乗り物に慣れていない志人は、怖さが優って顔を引きつらせる。
星の光の中を進む宇宙船は、あっという間に元の乗り場に戻っていた。
安全バーが上がり、志人は一息ついた。
そこに小さな手が差し伸べられる。
「ほら、次行くよ」
志人がその手を取ると、アトラクションよりも強く体を引かれて立ち上がった。
美雲が立てたスケジュールは本当に分刻みで、移動はほぼ早歩きだった。
各種予約なども完璧で、待ち時間を最低限に抑えて昼食を終える事ができた。
店を出ると、入店待ちの長い列ができていた。
「ごめんねぇ。小さい子がいるから入れさせてね」
若い女性の声に、美雲が足を止めた。
彼女の視線を追うと、そこには三歳位の子供の手を引いた女性がいた。
声をかけられた中学生と思しき二人は反論しかけるが、隣に立つ男性の威圧的な視線に負けて顔を伏せる。
その後ろに並んでいたカップルも、嫌そうな顔をするだけで咎めはしなかった。
割り込もうとした彼らに、美雲は足早に近付く。
「後ろに並びなさい」
下から男を睨みつけると、美雲は強めに言い放った。
「あ?」
不機嫌そうに見下ろす男に物怖じせず、美雲は更に続ける。
「もっと小さな子を連れた人達も並んでる。横入りとか子供に恥ずかしくないの?」
正論を並べられて青筋を立てて言い返そうとした男の袖を、連れの女が引っ張った。
列を整理していたスタッフが気が付いて、こっちに向かってきている。
男は舌打ちすると、美雲を睨みつけて列の後ろに消えていった。
その背を鼻を鳴らして見送る美雲。
「あの、ありがとう」
萎縮しきっていた中学生が小さく礼を言う。
「災難だったわね」
美雲は笑顔を見せると、志人を連れて早足でその場を立ち去った。
その後も戦場を駆ける指揮官の如く指示を飛ばす美雲に従いながら、志人は園内を周り続けた。
アトラクションに乗り、着ぐるみと写真を撮り、休む間もなく夜のパレードを迎えた。
少し疲れた志人を場所取りとして置き去りにし、美雲は一旦彼の側を離れた。
(テーマパークのデートがここまで過酷だとは)
志人は大きく息を吐くと、所在なさげに辺りを見渡す。
はしゃいで騒ぐ子供とそれを落ち着かせようとする両親、身を寄せ合うカップル、学生の集団など様々だ。
(俺らはどう見られてるんだろう)
ふとそんな事を考える。
二十代半ばの男と女子中学生。
見方によっては犯罪の匂いもしかねない。
(親戚のお兄さんって事で)
誰に言い訳するでもなくそう思っていると、人垣をかき分けて美雲が戻ってきた。
「はい、これ」
片手に持った飲み物が差し出される。
「ありがと。美雲の分は?」
「邪魔になるから飲んできた」
答えを聞いて遠慮なく受け取る。
財布を出そうとポケットに手を入れると、
「いいよ、今日のお礼」
美雲がそう言って微笑んだ。
「そっか。ありがたく頂戴するよ」
「借り作るのも嫌だから、これでチャラね」
少し不機嫌そうに言って、美雲は視線をそらす。
買ってきてくれたカフェラテは志人には甘すぎたが、疲れた身体に染み渡った。
やがて音楽と共にライトアップされた乗り物が近づいてきた。
興奮で頬を赤ながら身を乗り出す美雲。
(ホントに、魔法のチケットだったな)
今まで冷淡な視線しか受けて来なかったが、今日の美雲はクラスメイトに向けていた笑顔を志人に見せてくれた。
(これが続いてくれればいいんだけど)
そんな事を考えていると、美雲が不意に振り返って彼女のスマホを差し出してきた。
カメラが起動しているのを見て、志人はすぐにそれを構える。
今まで見た事もない満面の笑顔を浮かべる美雲。
志人はそれを心に刻むように、何枚も写真を撮った。
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