第21話 再戦と挑戦
一週間後。
スーツの内ポケットには、
ずっと渡すタイミングを計っていたが、
体育の授業の為、着替えて校庭に出る。
別室で着替えていた美雲の小さな背中が見えた。
クオンとの特訓の甲斐もあり、最近では美雲のバランスを崩せるようにはなってきた。
それでも一度も土をつけるには至らなかったが。
(小さいけど、遠い背中だ)
志人は小さく溜息をつく。
やがて生徒が揃った頃に、体育教師がやってきた。
「今日も格闘訓練だが、校長から方針の変更の支持があった」
生徒達は疑問に思いながらも、黙って続く言葉を待つ。
「体格差の観点から、今後は戦う相手は同性に限定する。それを踏まえてペアを組め」
支持が終わると、生徒達はいつも通りの相手と組み始めた。
美雲は忌々しげな視線を教師に送ると、志人に一瞥して友人の元に歩いていく。
「だってさ、
以前、志人を殴った生徒が声をかけてきた。
周りを見てみるが、もう皆ペアを組んでしまっている。
「……よろしく」
沈んだ声で答えると、志人は距離を空けて身構えた。
「始め!」
教師の号令と共に、男子生徒が距離を詰めてくる。
志人は違和感を感じながらも身をひねると、突き出された拳は空を切った。
隙だらけの腹に、拳を滑り込ませる。
志人は当たる前にそれを止めたが、男子生徒はそのまま伸ばした腕を曲げて顔面に肘を打ち込んできた。
志人はしゃがんで躱すと、立ち上がりながら拳を顎に向かわせる。
風圧が、男子生徒の前髪を揺らした。
相手が動きをとめるのを確認すると、志人は再度距離を空けて身構える。
怒りに顔を赤くしながら、彼は志人を睨みつけていた。
再び迫る相手に、志人は冷静に対処した。
さっき感じた違和感はスピードと威圧感だと、志人はここで気が付いた。
最初に対峙した時から、明らかに劣っていた。
(いや)
連撃を躱しながら志人は思う。
クオンや美雲の方が、遥かに
彼に敗れてから受けたクオンの特訓。
美雲との実戦。
それらが志人を成長させていた。
横目でその戦いぶりを見ていた美雲は、隙をついてきた友人の拳を難なく避けると、その額にデコピンを入れた。
「だから、寸止め〜」
額を押さえて非難する友人に、
「ごめん。止められなかった」
全く悪びれた様子もなく答えて、美雲は笑った。
放課後の三時間マラソンを終えて着替えていると、暗くなった廊下を歩く美雲を見かけた。
志人は慌てて着替えを終えるとその後を追う。
下駄箱で靴を履き替える所で追いついて、何と声をかけるかと逡巡する。
美雲はちらりと彼の方を見たが、そのまま背を向けて歩き出す。
「今日は遅いんだね」
「美陽に調べ物を頼まれてて」
振り向きもせずに答える。足は止めない。
志人は早足で追いつくと、美雲の前に封筒を差し出した。
「……何?」
嫌悪感に満ちた声で問う。
「よければ今度、一緒に行ってほしいんだ」
慌てていたせいで、言いたい事が纏まらない。それでも志人はこのチャンスを逃す事はしたくなかった。
美雲は大きく溜息をついた。
「いい歳して中学生誘うとか、正直キモい。それにこの前、美陽とデートしたばかりでしょ? 節操なさすぎ」
心底気持ち悪いと思われているのが、その視線から理解できた。
思わず固まる志人の横を、美雲はそのまま通り過ぎる。
「いや、そういう事じゃなくて」
またも早足で隣に並びながら、志人は食い下がった。
「体育の時、助けてもらったからさ。そのお礼がしたくて」
言いながら、志人は封筒からチケットを取り出して再度美陽の前に差し出した。
面倒臭そうにそれを見た美陽が足を止める。
数歩追い越す形になった志人は、そのまま彼女の前に立つと美陽を見つめた。
彼女の視線はチケットに向いたままだ。
その反応に好機を見た志人が続ける。
「借りを作ったままなのは落ち着かないし、俺を立てると思って。頼むよ」
美雲は居心地悪そうに視線を逸らす。
(ダメか)
志人が次の言葉を考えていると、美雲は素早くチケットの一枚を抜き取った。
「まぁ、そういう事なら行ってあげる」
視線を上げないまま言うと、美雲はそのまま早足で去っていった。
志人は呆然としていたが、彼女の姿が見えなくなると小さくガッツポーズをした。
「お帰りなさいませ。志人様」
帰宅すると、いつも通りクオンが出迎えてくれた。
「ただいま」
志人は答えて靴を脱ぐ。
「何かありましたか?」
珍しくクオンが尋ねてくる。
志人は美雲との事を思い浮かべたが、違う答えを口にした。
「この前の奴を相手に完勝してきた」
そう言って拳を作って見せる。
「それは良かったです」
僅かに笑みを浮かべて答えると、クオンは夕飯の支度をするため台所に向かった。
いつも通りの
志人の送った服は普段着にはしたくないらしく、大事にしまってあるようだった。
まだ抵抗があるようで、あれ以降耳も尻尾も見せていない。
それでも以前より表情が表に出るようになった事が、志人には嬉しかった。
部屋に戻ってスウェットに着替える。
視線を移すと、机の上に見慣れない本が置いてあった。
手にとってページを捲ると、様々な呪符が解説付きで掲載されていた。
今朝、滝行の帰りに幸子にお願いしておいたものだ。
志人は居間に移動すると、食事の準備をしてるクオンに確認した。
「幸子さん、わざわざ持ってきてくれたんだ?」
「はい。近くに来る用事があったそうで」
振り返って答えるクオン。
「明日でも良かったのに」
そう言いながら座って本を開く。
呪符に関する本は、学校の図書室には置いてなかった。
子供達がいたずらに使用するには危険すぎるという理由からだ。
クオンが渡してくれた疲労回復の呪符から攻撃用の呪符まで、用途別に探せるようになっている。
試しに攻撃用の呪符を見てみると、火の系統だけでも十種類以上があるようだ。
興味深く本に見入っている志人の前に、酢豚の乗った大皿が置かれた。
ご飯と味噌汁の他に、薬草のお浸しの小皿が並べられた。
これも中等部に入ってから、幸子にお願いしていたものだ。
早く実力をつけて中等部を抜けるためには、不味くても必要なものだった。
「今日は体術よりも呪符の勉強になさいますか?」
自分のご飯を用意しながらクオンが問う。
志人は少し考えてから、本を閉じて答えた。
「二時間くらい身体動かしたら呪符の方に移るかな」
「あまり無理をされない方が」
クオンの心配に、志人は事もなげに笑う。
「五時間も寝られれば平気だって」
仕事に比べれば苦でもなかった。何より新しい知識や技術が身についていく事が楽しくて仕方がなかった。
クオンは小さく溜息をつくと、志人の前に腰を下ろした。
「いただきます」
手を合わせて志人は酢豚に箸を伸ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます