第20話 プレゼント
買い込んだ大量の紙袋を手に
(クオンは喜んでくれるかな)
女性の服を選ぶのは初めての経験だった。美陽のアドバイスがあったとはいえ、不安な気持ちもある。
玄関前で深呼吸をすると、志人は勢いよく引き戸を開けた。
「ただいま」
「おかえりなさいませ。志人様」
玄関で出迎えたクオンに、志人は手にしていた紙袋を手渡す。
「お土産」
無表情の裏に僅かな困惑を匂わせたが、クオンは素直に受け取った。
「ありがとうございます。すぐ夕食になさいますか?」
「そうだね」
志人の返事に一礼すると、クオンは紙袋を置きに自室に入る。
すぐに戻って夕飯の準備に取り掛かろうと思っていたクオンだったが、中身が気になったので少しだけ取り出してみた。
それが服である事。
それが可愛らしいワンピースである事。
それが自分への贈り物である事。
それらを理解するのにしばらくの時間がかかった。
中々部屋から出てこないクオンに、志人は不安な気持ちを募らせていた。
(……着替えてくれてるのかな)
そんな期待をしていたが、十五分ほど経ってから出てきたクオンは作務衣のままだった。
いつもならテキパキと支度を済ませるクオンが、今夜は茶碗を取り落としそうになったり、味噌汁を差し出す手が震えていたりと、少し挙動不審になっていた。
(これは失敗したかな)
内心で溜息をついて、向かいで食事をするクオンを見つめる。
視線を感じた彼女は一瞬だけ目を合わせるが、すぐに食事に戻った。
箸で持った人参を落としてしまいそうになり、慌てて茶碗でキャッチしている。
「もしかして、気に入らなかった?」
志人は不安な気持ちをそのまま口にした。
クオンは目を丸くして志人を見つめる。
その顔がすぐに赤く染まった。
「いえ、決してそのような事は」
茶碗と箸を置いて俯いてしまうクオン。
「美陽さんと二人で選んだんだ。気に入ってもらえたら嬉しいんだけど」
言った後で押し付けになりはしないかと志人は危惧した。
「ありがとうございます。こういった事は初めてなもので、その……」
珍しく膝の上で手をモジモジさせている。
「着替えた方がよろしいのでしょうか?」
上目遣いに志人を見るクオン。
その反応に、志人まで恥ずかしくなってきてしまう。
「あ、うん。できればでいいんだけど。気が進まなければ全然、その……」
しどろもどろになりながら答える志人に、クオンは再び視線を落として小さく頷いた。
気まずい空気のまま食事を終えると、クオンは食器を片付けてから部屋に戻っていった。
志人は自室で陰陽道の教科書を読みながら待っている。
しかし文字を目で追っているだけで、内容が全く頭に入ってこない。
気がつくと三十分程が過ぎていた。
一度冷静になろうとお茶を淹れる為に立ち上がった時だった。
「志人様」
廊下から上擦ったクオンの声がした。
「どうぞ」
こちらも上擦った声で答える志人。
失礼します、と一言あってからゆっくりと襖が開かれた。
志人は思わず息を呑む。
ライトグレーのゆったりとしたワンピースは、思った以上に似合っていた。
革のベルトで腰周りを絞っているのも、細身のクオンのスタイルの良さを引き出している。
志人の視線に耐えかねて、クオンは顔を僅かに赤く染めて俯いてしまった。
「いっ、いかがでしょうか」
消え入りそうな声で問うクオン。
志人も直球の賛辞を口にするのが恥ずかしかったが、彼女を困らせるのも本意ではないので思ったままを言う事にした。
「思った以上に似合ってる。その、すごく可愛いよ」
言われたクオンは驚いて顔を上げた。
「かっ、かわっ」
薄紅色だった顔は一気に赤く染まり、一歩たじろいだ所で突如耳が生えた。
頭の両サイドから出てきたそれは、柴犬のような耳だった。視線を落とすと、両足の後ろで尻尾がぱたぱたと揺れていた。
突然のことに言葉を失う志人。
クオンは慌てて両手で犬耳を押さえると、そのまま自室に駆け込んでしまった。
志人は誰もいなくなった廊下を、しばらく呆然と眺めていた。
お茶を啜りながら待つこと三十分。
やっと戻ってきたクオンは、いつもの
まだ少し落ち着きがない彼女に、志人は湯呑みを差し出す。
クオンは礼を言って受け取ると、少しだけ口にしてから小さく息を吐いた。
「お見苦しい姿を見せてしまいました」
深々と頭を下げるクオン。
「全然そんな事ないよ」
志人は両手を振って彼女の言葉を否定する。
今のクオンは照れ隠しではなく落ち込んでいるように見えた。
「気持ちが昂ると、本来の醜い姿に戻ってしまうんです」
消え入りそうな声で告白するクオン。
その言葉を、志人は理解ができなかった。
「醜いって、あれが?」
クオンは黙って頷く。
「
クオンの心中を察した志人は、大きく溜息をついた。
家族を亡くし、彼女を守る者がいなくなってから辛辣な言葉をぶつけられるようになったのだろう。
滋岡家に縁のある者を排除するために。
クオンはそれに耐えて、この家を守ってくれていたのだった。
「あのな、クオン」
努めて優しく志人は切り出す。
「犬耳犬尻尾の美少女なんて、人間国宝にされてもおかしくない程貴重なんだぞ」
主人の言葉に理解が追いつかず、ぽかんと口を開けるクオン。
「安倍家の人間が何と言おうが、俺は支持するね。いや、これは圧倒的世論と言っても過言じゃない」
早口で捲し立てる志人に、クオンは言葉を失って主人を見つめている。
「クオンは知らないかもしれないが、耳と尻尾は偉大なチャームポイントだ。それが飾りではなくちゃんと動くんだから尚更だ。その破壊力は世の大勢の男達を薙ぎ倒すレベルだ!」
拳を握りしめて力説する志人に、クオンは思わず吹き出してしまった。
笑顔が戻ったことに安堵して、志人も笑みを浮かべる。
「すみません」
主人の言動を笑ってしまった事に謝罪しながらも、その顔は笑みを作ったまま涙を流していた。
志人はゆっくりとクオンの隣に歩み寄ると、その手を取って彼女をじっと見つめた。
「クオン」
囁くようにその名を呼ぶ。
「志人様」
答えた彼女の手は熱い。
涙で濡れた紅い瞳で、志人を見つめる。
「できれば、ずっとあの姿でいてくれ」
数秒間そのまま固まった後、クオンは声を上げて大笑いした。
家族を亡くしてから一度も見せた事がない、無邪気な笑顔だった。
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