第19話 ミッション

 大量の買い物袋を抱えてショッピングモールを出ると、外はもう暗くなり始めていた。

「帰り、運転してくれる?」

 美陽みはるの言葉に快諾すると、志人ゆきひとは後部座席を荷物で埋めつくして運転席に座る。

 三年ぶりの運転に緊張しながら、エンジンをかける。

 美陽がセットしてくれたナビに従いながら、志人は山へと車を走らせた。

「クオンがどんな反応してたか聞かせてね」

 美陽が笑顔を向けてそう言った。

「喜んでくれるといいんだけど」

 期待と少しの不安を抱きながら、志人が呟くように言う。

 美陽の見立てで候補を上げて、最終的に志人が選んだ物が後部座席で揺れている。

 車は県道を離れて、黒い輪郭しか見えない山へと向かう。

 志人は慣れない運転で暗い道を進む事に集中し、美陽はカーラジオから流れる流行りの歌に耳を傾けていた。

 やがて曲が終わり、パーソナリティがリスナーの恋愛相談のメールを読み始める。

 長く友人関係だった相手を好きになり、告白するタイミングが掴めず、といったよくある内容だった。

「カフェでの話だけどさ」

 美陽が言い辛そうに切り出した。

「あんまり意識しないでほしいかな」

 美陽の言葉に、志人は無意識にアクセルを緩める。

 カフェでは美雲の怒りの原因について考えていたので気が付かなかったが、自分が彼女達の誰かと結婚する可能性が高いという事に遅まきながら思い至った。

 後続車のパッシングを受けて、再度車を加速させる。

「動揺しすぎ」

 美陽がくすりと笑う。

 志人は高まる鼓動を抑えるため、大きく息を吐いた。

 カーナビの声が、どこか遠くに聞こえる。

(俺にとっては朗報だけど、美陽さんはどうなんだろう)

 暗闇に続く道を進みながら、志人は考えていた。

 美雲みくも程露骨ではないものの、決められた相手との結婚など望む者はいないだろう。

 割り切っているのか、宗明ひろあき道真とうまのどちらかに好意があるのか。接点がなかった自分を見定めるために今日呼ばれたのか。

 色々な考えが志人の頭の中を駆け巡った。

「もし」

 志人はまだ冷静さを欠いたままだったが、言葉を切り出してしまった。

 美陽が不思議そうに彼を見る。

 言葉を濁してしまうか迷ったが、志人は自分の想いを言う事にした。

「美陽さんが誰かと結婚しなきゃならない時がきたら」

 ハンドルを握る手が、汗でじっとりと濡れているのを感じる。

「その時までには、妥協せずに選んでもらえるように」

 言おうとしている事を察して、美陽が顔を伏せる。

「頑張りますから」

 自分でもうまくまとまっていないと自覚しながら、志人は今の気持ちを伝えた。

 美陽は一瞬だけ憂いた笑みを浮かべたが、普段のニヤついた笑顔を作ると、

「おねーさん攻略は難しいぞ。覚悟しとけ」

 冗談っぽく言って肘で志人を小突いた。

「はい」

 苦笑いを浮かべて答える志人。

 何か気まずい空気のまま、ナビにしたがい右折する。

 行先は相変わらず暗かったが、遠くにコンビニの看板だけが見えた。

「あ、ちょっとコンビニよって」

 美陽の言葉に快諾すると、志人は少しスピードを上げてコンビニに向かった。

 車を停めると、美陽が素早く降りて店内に入っていく。

 ドアが開いた瞬間、冷たい空気が入ってくるのが心地よかった。

 志人は少しだけ窓を開けると、大きく息を吸い込む。

 それだけで、少し冷静になれた気がした。

(何言ってんだ、俺)

 急に恥ずかしさを感じて両手で顔を覆う。

 外気を取り入れても、志人の体温はなかなか下がらない。

 気持ちを切り替える為、志人は車を降りて大きく伸びをした。

 陽が落ちた冬の空気が、志人の体温を一気に奪う。

 もう一度大きく深呼吸すると、だいぶ落ち着いたように思えた。

 美陽が会計を済ませて店から出てきた。

 渡された缶コーヒーを受け取ると、礼を言ってから一気に半分程を飲み干す。

 この時期に冷たい方を買ってきたのは、冷静になるようにと言われた気がした。

 志人は薄く笑うと、ドリンクホルダーに缶を収めて運転席に座る。

 サイドブレーキを解除する前に、助手席から封筒が差し出された。

 疑問符を浮かべながら受け取る志人。

「おねーさん攻略の第一ミッションです」

 そう言われて、志人は封筒を開けてみた。

 中身は近隣の県にある有名テーマパークのチケットだった。

(今度はここでデートか?)

 期待を高めた志人は、続く言葉に驚愕した。

「美雲を誘って行ってきて」

 口を開けたまま、言葉が出てこない。

「また随分と高難度ミッションですね」

 チケットを見つめて、少しの抗議を込めて呟く志人。

「将を射んとするなら、ってやつね」

 美陽は指を銃の形にすると、志人目がけて引き金を引く。

 心からの苦悶の声を洩らすと、志人はチケットを封筒に収めてスーツの内ポケットに入れた。

「あの子の好感度を爆上げする魔法のチケットだから、試しに使ってみて」

 釈然としないまま、志人は頷いて車を走らせる。

 あの敵意剥き出しの美雲が、自分と二人で出かけるとは到底思えなかったが、姉の美陽が持ち掛けた話だ。成功率が低くないと思いたい。

 それとも無理難題を吹っかける事で、自分の想いを断ち切ろうとしているのか。

 もやもやと色々な考えが浮かぶが、美雲と仲が悪いままでは美陽ともうまくいかない気がして、志人はこのミッションを受ける覚悟を決めた。

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