第18話 六大家の事情
この辺りでは人気なのか、駐車場も半分以上が埋まっている。
入り口になるべく近い所に車を停めると、二人は並んで中に入った。
どこの店もクリスマスを意識した装飾を施し、道行く子供が飾り付けに手を伸ばす様子が微笑ましかった。
カップルや家族連れが多く、志人は久しぶりに賑やかな空気を感じていた。
以前は人混みが苦手だったが、人口の少ない里の生活に慣れてみると、この賑やかさも悪くないように思えた。
早速手近なアパレルショップに立ち寄る美陽。
「今日は私のだけじゃなく妹達の服も買うから、似合いそうなのがあったら教えてね」
美陽は愛嬌たっぷりの笑顔で志人に告げる。
志人は困り顔でしぶしぶ頷いた。
志人は正直、服飾関係に明るくない。
学生時代はゲームや漫画に金を注ぎ込み、社会人になってからは仕事ばかりだったのでほとんどスーツだったからだ。
美陽に意見を求められても、どちらも似合うとかしかコメントができない。
照れたような困ったような表情で鏡に向かう美陽を見ながら、志人はクオンの事を考えていた。
彼女と出会った時から、
志人は彼女の事を思いながら、手近な服を手に取ってみる。首元にリボンがついたワンピースは、クオンには少し合わない様な気がした。
「お、そういうのが好み?」
志人の手元を興味深そうに覗き込む美陽。
「いや手に取ってみただけなんだけど、クオンには少し子供っぽいかな?」
その言葉に美陽はきょとんとしたが、
「もー。デート中に他の女の子の事言っちゃう?」
唇を尖らせて志人の胸元をつつく。
「ごめん」
デートだったのか、と思い反省する志人。
美陽はその姿に小さくため息をつくと、ワンピースを戻そうとする志人の手を止めた。
「確かに、ちょっと合わないかもね」
そう言って物色を始める。
「もうちょっと大人っぽい感じを出したいよねぇ。これとか?」
グレーのワンピースを出して見せる美陽。
志人は少し考えたが、何か物足りないような気がして首を傾げた。
「イマイチかぁ。他のお店も見てみようか」
美陽は志人を促して隣の店に移動する。
最初の店に比べて落ち着いた雰囲気の店内では、二十代半ばくらいの女性客が服を選んでいた。
美陽が取り出す商品に無難なコメントをしながら、志人は四人分の買い物に付き合うことになった。
午後二時を回った頃、やっと休憩の時間が設けられた。
ショッピングモールの一角にあるカフェで、軽食を済ませてコーヒーで一息つく。
店内はカップルが多かったが、落ち着いた空気が流れていた。
「ある程度の目星はついたから、残りのお店を見て回ってから買うの決めよう」
カフェラテのカップを置いた美陽が、鼻息荒く言い放った。
志人は苦笑いを浮かべながら頷く。
その姿を、美陽は頬杖をついてじっと見つめていた。
何か値踏みをされているような気がして、志人は落ち着かない。
やや上目使い気味の視線と、浮かべた穏やかな笑み。
志人は自然と魅入られてしまい、目が離せなくなった。
十秒程してから美陽の口角がニヤリと釣り上がる。
「志人さんはクオン推しかぁ」
ぼそっと言われた言葉に、志人の心臓が跳ね上がる。
「いや、そういうわけじゃ」
ぎこちなく視線を外してコーヒーカップを手にする。
「私達の服を選んでる時とクオンのを選んでるときじゃ、真剣さが違うもん」
不機嫌そうに言って冷たい視線を向けられる。
志人は視線を逸らしたままコーヒーを一口飲むと、美陽に向き直った。
「いつも尽くしてくれるから、何かお礼がしたいと思ってね」
「ふぅーん」
疑いの眼差しで志人を炙る美陽。
志人が居心地悪そうに視線を逸らすと、彼女はクスッと笑い、
「じゃあさ、私達三人だったら誰が好み?」
唐突な質問を投げかけた。
志人は驚いたがすぐに真顔に戻ると、
「もちろん、美陽さんですよ」
彼女の目を真っ直ぐに見つめて告げた。
真偽を確かめるような視線と、志人の真剣な眼差しがぶつかり合う。
数秒の間をおいて、どちらからともなく笑い出した。
その笑顔を見ながら志人は、自分の胸が高鳴るのを感じていた。
半日一緒にいただけだが、コロコロ変わる表情や屈託のない笑顔は志人の心を掴むのに十分すぎる程魅力的だった。
「私が一番なのは当然として」
ひとしきり笑った後で、美陽は冗談っぽく続ける。
「他の二人はどんな印象?」
問われて志人は少しだけ考える。
「
顔を合わせても会釈だけ。話しかけても最低限の返事しか返ってこないので、あまり関わる事がなかった。
休み時間も一人で本を読んでいる姿をよく見かけていた。
「いい子なんだけど、コミュ障なんだよね」
美陽は困った様に眉を寄せる。
「
再度の問いかけに、今度は志人が困り顔になる。
「初対面の時から敵意を持たれてる感じだったので、正直あまり良い印象はなかったんですが」
昨日の体育の事を思い出す。
「嫌いな相手でも助けようとする辺り、正義感が強い子なのかなって思いました」
志人の答えに、感心したような視線を送る美陽。
最初は志人を痛めつけるために指名したのだと思っていたが、美雲が本気でやっていたらすぐに立てなくなっていたであろう事は彼にもわかっていた。
結果として志人の心を折った形にはなったものの、怪我なく授業を終えられたのは美雲の気遣いのおかげだった。
「曲がった事が嫌いだからね。それを向ける相手を間違ってたりするのが困ったとこなんだけど」
美陽のコメントに、志人は違和感を覚えた。
その視線に気付いた美陽は志人を値踏みするように見つめると、小さく頷いてから口を開いた。
「美雲が志人さんに冷たくしてるのは、怒りの矛先が間違ってるだけなんだ。本人もそれはわかってるはずなんだけど、根本的な解決が難しい問題でね」
いつになく真剣な表情で語る美陽。
その顔を見るだけで、ことの難解さを察する事ができた。
「その問題って、聞いてもいいですか?」
志人も真顔になって美陽に尋ねる。
彼女は表情を消したまま、志人の目をじっと見つめた。
数秒の間をおいて、美陽はカフェラテを一口飲むとそのままカップを見つめながら答える。
「陰陽師って、家系で強さが決まる所があってね。より強い子を産むために、六大家同士の結婚が推奨されてるの」
視線を上げないまま、美陽は少しだけ疲れたような顔をしていた。
「あくまで推奨なんですよね?」
志人の言葉に、美陽は苦笑いを浮かべる。
「表向きは、ね。実際は断り辛いみたい」
志人はその情報を受けて、彼女達のことを再度考えた。
志人が来る前は、安倍家の
歳の差だけを考えれば、美陽と美月がどちらかに嫁ぐのだろう。
残った美雲はフリーだったはずなのに、志人が現れてしまった。
「そういう事か」
望まぬ結婚相手が出てきてしまっては、心中穏やかではいられないだろう。
「志人さんが嫌いって事じゃないし、志人さんが悪いって訳でもないの。だから美雲を嫌わないであげてね」
美陽の心からの願いに、志人は黙って頷く。
その答えに安心したのか、美陽は残ったカフェラテを飲み干すとカップを置いた。
志人も自分のコーヒーカップを空にする。
なぜかさっきよりも苦いように感じた。
「そろそろ出ようか」
席を立つ美陽に続いて、志人も伝票を手にして立ち上がった。
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