第17話 里の外へ
日曜日。
クオンの視線が背中に刺さっているような気がしながら、志人は賀茂家の屋敷に向かった。
九時前に着いたが、まだ美陽が出てくる様子はない。
庭の花壇に咲いているパンジーを何となく眺めていると、屋敷の影からジョウロを手にした美月が出てきた。
表情一つ変えずに会釈すると、手近な花壇に水を撒き始める。
一つ一つの花の状態を確認するように、時間をかけて水やりをしていた。
「花、好きなんだね」
何も話さないのもどうかと思い、近づいて来た美月に声をかける。
「はい」
短く答えるだけだった。
志人は花壇から少し離れてその姿を見つめる。陽光に照らされた長い黒髪が輝いて見えた。
「美月が可愛いのは分かるけど、今日の相手は私なんだけどなぁ」
縁側から顔を覗かせた美陽が悪戯っぽく笑っている。
志人が何か言い返す間もなく、彼女は一旦姿を消すとすぐに玄関から出てきた。
「ごめん。お待たせ」
ベージュのトレンチコートと黒のロングブーツで身を包んでいるが、志人の前に立つと寒そうにぶるっと小さく振るえた。
「それじゃ、いってくるねー」
美月に声をかけると、彼女は小さく頷いて答えた。志人も小さく会釈して美陽の横に並ぶ。
「志人さんは免許持ってる?」
「ペーパードライバーですけどね」
「そっか。じゃあ、私が運転するね」
話しながら森の中へと歩いていく。
木々はすっかり秋めいて、道には赤い
休みの日はずっと家に篭っていたが、たまには散策するのも良さそうに思えた。
里を南に抜ける道はすぐに下りになり、木で組まれた長い階段が続いている。
二人が横に並んで歩くには少し狭いので、自然と肩がぶつりそうな距離になる。
足元に気をつけながら降りていくと、アスファルトで舗装された駐車場が見えてきた。
何台かの車が停まっているのを見て、志人は里の中で車を見かけなかった事に気がついた。
「里の中で車って見かけませんね」
疑問をそのまま美陽に問いかける。
「不便だよね。なんか排気ガスが里の結界に及ぼす影響がどうとか言ってたけど、っと」
志人の方を見て答えた彼女は、階段を踏み外してよろけた。
慌てて美陽の手を取って引き寄せ、落ちそうになる腰を支える志人。
美陽の吐息が、山の空気で冷えた志人の頬を温める。
「ごめん。ありがと」
照れ笑いを浮かべながら、美陽が志人から離れた。そのまま階段を降りきって、コートのポケットに手を入れる。
志人が駐車場に足を踏み入れると、黒いミニバンがハザードを点滅させた。
運転席に乗り込む美陽に続いて、志人は助手席に座る。
彼がシートベルトを締めるのを確認すると、美陽は車を発車させた。
蛇行する山道を滑るように降りていく。
「美陽さんはよく外に出るんですか?」
「そうだね。
慣れたハンドル捌きで走りながら美陽が答えた。
「妖討伐、結構多いんですね」
志人は少し驚いて美陽を見た。
「そうだね。最近は増えてきてるね。道真に引っ張り出される事がほとんどだけど」
前を見たまま、苦笑いを浮かべる美陽。
「道真と組む事が多いんですか?」
「うん。あいつに着いていける人が少ないし、ガチガチの前衛のあいつには支援特化の私は相性がいいみたい」
道の先に鉄の柵が現れたが、車に置いてあったリモコンの操作で自動的に開いた。
道はそのまま二車線の県道に繋がった。
「陰陽師にも色々あるんですね」
感心したように志人が呟く。
「今は基礎を固めるので大変だろうけど、志人さんもそろそろ進路を考えてもいい頃かもね」
山道を降りながら、志人は美陽の説明を受けた。
はっきりとした分け方があるわけではないが、その人の特性によって防御型、攻撃型、支援型、万能型に分かれるらしい。
「美雲に投げられてるようじゃ、攻撃型は向いてないかもね」
言って悪戯っぽく笑う美陽。
昨日の事は、賀茂家に知れ渡っているらしい。
志人は苦笑いを浮かべてそれに答えた。
(確かに。矢面に立って戦うのは向いてなさそうだ)
赤に黄色に染まる木々を眺めがら、ぼんやりと考える。
(となると万能か支援になるんだろうけど)
「クオンはどこに分類されるんでしょう?」
自分のパートナーがどのタイプかで選ぶのも重要だと考えて、志人は美陽に尋ねた。
「あの子は万能型だね。前衛から支援まで何でも出来ちゃうよ」
「となると、俺も万能型になった方が動きやすいのかな」
美陽に言うでもなく、呟く志人。
「そうだね。全部を頑張らないと器用貧乏になっちゃうから大変だけどね」
志人は困り顔でため息をついた。
術関係を極める事には頑張れそうだが、体術に関しては自信が持てなかった。
昨日美雲に完敗した事が思い起こされる。
「ちなみに美雲さんは?」
「あの子はまだ決めてないみたいだけど、性格からして前衛寄りかなぁ」
美陽の答えに、志人は少しだけ救われた気がした。前衛特化が相手なら、負けても仕方がないと思えたからだ。
隣で肩を撫で下ろしている志人に、美陽はにやりと笑うと、
「一応言っとくと、私は体術だけでも美雲に負けないからね?」
志人が驚いた顔をすると、美陽はクスクスと笑う。
(先は長そうだ)
志人は薄曇りの空を見上げて、もう一度ため息をついた。
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