第16話 美雲
土曜日の最後の授業は、体育だった。
前回に続いて格闘技の組み手を言い渡す教師に、志人は内心でため息をつく。
クオンに鍛えてもらったとはいえ、まだ付け焼き刃にすぎない。
前の授業の痛みを思い出し、暗い気持ちで生徒達を見渡す。
少しでも弱そうな相手と組みたかったが、前回志人を打ちのめした生徒と目があった。
慌てて視線を逸らすが、にやけた笑いを浮かべているのが目に入ってしまった。
焦って視線を巡らせると、今度は美雲と目が合う。
彼女は軽蔑したような視線を向けていたが、分かりやすくため息をついて志人に近づいてきた。
「私と組まない?」
その問いかけに、クラス全員が静かになった。
男子生徒の舌打ちが聞こええる。
「お願いします」
志人はその助け舟に足早に乗り込んだ。
体育教師もつまらなそうに顔を歪めている。
志人は安堵のため息をついて、美雲に向き直った。
「始め!」
教師の言葉に、全員が緊張感を高める。
志人は身構えてから、問題点に気がつく。
(受ける練習しかしてない)
今回も相手が攻めてくる想定で、クオンは受け身の練習に絞って教えていた。
そもそも中学生の女の子に殴りかかる事にも気が引ける。
志人はそのまま動かず、美雲の出方を見る事にした。
身長が二十センチ程低い彼女は、その分リーチも短い。志人には有利に思えた。
教室で友人に向けていた愛らしい顔とは似つかない、凛々しさすら感じる面持ちで志人の出方を見ている。
彼が待ちに徹している事に気づいた美雲は、ゆっくりと距離を詰めてきた。
志人の手が届く距離まで来たところで、その姿が消えた。
引っ張られる感覚に続いて、背中に衝撃。
空は、今日も綺麗な秋晴れだ。
自分が投げられた事に気がついた志人は、慌てて身を起こす。
美雲は最初の位置に戻って、彼が起きるのを待っていた。
今度は少し腰を落として身構える。
美雲は再びゆっくりと距離を詰めると、志人の間合いから一気に懐に潜り込む。
投げ技を警戒していたため、彼女の動きは見えていた。
手首を掴もうと伸ばされた手をかわす。
それに気を取られている間に、逆の手で胸倉を掴まれた。
再び体が浮く感覚と衝撃。
しばし呆然と空を眺めてしまう志人。
(これは、助かったと言えるのか?)
ゆっくりと身を起こして身構える。
美雲は容赦なく間合いを詰めてきた。
土曜日は補習がないため走らされずに済んだが、志人の足取りは重かった。
結局、授業が終わるまで美雲に投げられ続けていただけだった。
受け身の練習をしていなければ、途中で動けなくなっていただろう。
鍛え方が違う事は理解している。だが自分より小さな女の子に太刀打ち出来なかった事に、志人は落ち込まずにはいられなかった。
(攻め方を教わっていれば変わったのかな)
そんな事を考えるが、脳内で何度シミュレーションしてみても勝てる気がしなかった。
「今日は座学より特訓だな」
呟いて志人は家路を急いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます