第11話 賀茂家
いつも通りの無表情に徹しようとしながらも、少し落ち着きがない様子のクオンを見ながら朝食を終えた頃に、彼女の携帯が鳴った。
相手は先日学校で会った体育教師だった。
昼休みに志人一人で学校に来るよう伝えると、返事を待たずに通話を終えた。
二人は顔を見合わせたが、すぐにクオンが視線をそらす。
(落ち着かせるには丁度いいか)
そよ風が草木を揺らす音が心地いい。
このまま学校に向かうと時間が余るので、志人は他の六大家を見に行くことにした。
五芒星の形のどこに誰の屋敷があるかを聞いていなかったので、とりあえず右下の方に向かって歩く。
顔を合わせた村人達と挨拶を交わしながら進んでいくと、
垣根から覗いてみると、広い庭は花壇に囲まれていた。
パンジーや朝顔は見てわかったが、他にも色とりどりの花が風に揺れている。
その傍に、似合わない男が立っていた。
彼は志人の姿に少し驚いた様子だったが、すぐに口の端を釣り上げて笑った。
「
腕組みをしていた
「何してんだよ、こんな所で」
少し威圧感がある態度で聞いてくる。
「ちょっと散歩にね。道真君は?」
かなりの苦手意識があるものの、それをなるべく隠そうと平静を装って答えた。
「気持ち悪りぃ呼び方すんな。道真でいい」
心底嫌そうに言うと、彼は屋敷を親指で指差した。
「
(ここは
志人は改めて屋敷を見る。
丁度そのとき玄関が開いた。
「ごめーん。お待たせー」
明るい口調で言いながら出てきた美陽は、志人に気がつくと笑顔で手を振った。
青のジーンズに黒いレザージャケット姿だ。
彼女は小走りで二人の前まで来ると、道真のすぐ隣に立って腕を組んだ。
「私達がどこに行くか気になる?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて聞いてくる。
「話したからな」
道真は短く言うと、その手を振り解いた。
「えー、つまんなーい」
道真の言葉に不満そうに口を尖らせる。
(ネタばらしがなかったとしても、姉の買い物に無理やり付き合わされた弟にしか見えないな)
志人は苦笑いを浮かべながらそんな事を考えていた。
「で、うちに何か用?」
「時間が空いたので村を見て回ってました」
「そうなんだ。うちの庭、綺麗でしょ?
「綺麗ですね」
志人が答えて再度庭に視線を送る。
「ほら、もう行くぞ」
待たされて苛立っていた道真が美陽を促す。
「はいはい。志人さん、またね」
小さく手を振って二人は志人に背を向けた。
「あ、あのっ」
昨夜のクオンの話を思い出し、志人は怖くなって呼び止めた。
振り返った二人は志人の言葉を待つ。
「気をつけて」
言うべき事を探してみたが、言えたのはありきたりな言葉だった。
道真は苦笑いを浮かべて歩き出す。
「ありがと」
美陽は笑顔で応えると、その後を追った。
昼休みの学校は騒がしかった。
食事は終わった後のようで、子供達が校庭で走り回っている。
教師から事前に注意を受けているのか、志人に好奇の目を向けてはくるが、前のように囲まれる事はなかった。
廊下や教室では中等部、高等部の生徒達が談笑していた。
中等部の教室では
高等部の教室もちらっと見てみたが、美月の姿は見当たらなかった。
志人はそのまま職員室に向かう。
そこには三人の教師が自分の席でくつろいでいた。
彼の存在に気がついても特に反応はない。
志人は雑誌を眺めている体育教師の元に足を進めた。
「お待たせしました」
志人が言うと、体育教師は視線も上げずに机の上のプリントを乱暴に渡してきた。
受け取って内容を確認する。スケジュール表のようだ。
「明日からその通りにしろよ」
面倒くさそうに言うと、追い払うような仕草で志人に退出を促す。
「失礼します」
苛立ちを隠しながらそれだけ言うと、志人は足早に職員室を後にした。
廊下に戻って再度プリントに目を通す。
六時 滝行
八時 学校(小等部)
四時 補習
七時 帰宅
週一回テストを行い、合格すれば昇級
酷く簡素なプリントだった。
(小学生に混ざって授業か)
苦笑いを浮かべて頭を掻く。
(最短でも六週間は小等部って事か。校長が考えそうな嫌がらせだな)
志人はため息を一つつくと、そのまま図書室に向かった。
陰陽師として生きていく覚悟はまだできていない。
だが志人が里を追い出された後に、クオンが一人になる事は避けたかった。
図書室では数人の生徒が本を読んでいた。
受付カウンターに人がいなかったので、志人は自分で借りる本を選び始めた。
何冊か手に取ってみるが、どれが自分のレベルに合ったものかわからない。
困り果てていると、そこに見知った顔が現れた。
制服姿の美月は志人に気がつくと、小さく頭を下げて自分が持っていた本を棚に戻す。
そのまま立ち去ろうとする彼女を、志人は呼び止めた。
会ったばかりのクオンと同じくらいの無表情で、美月は彼に視線を向けた。
「初心者向けの陰陽道の本を探してるんだけど、おすすめあるかな?」
彼女は瞬きを一つすると、本棚に目を向ける。
数秒考えた後で、志人の足元にしゃがみ込んだ。
長い髪が揺れて、シャンプーのいい香りがする。
少し鼓動が早くなるのを感じながら、志人は彼女が差し出した本を受け取った。
「ありがとう」
礼を言う彼に、美月は再度小さく頭を下げて去っていった。
家に帰る頃には、クオンはいつもの調子を取り戻していた。
静かにお茶を淹れて、志人に差し出す。
彼は渡されたプリントをクオンに見せた。その眉が少し困ったように寄る。
「かなりハードな内容ですね」
「やっぱりそうなのか」
ため息をついて目頭を押さえる志人。
彼女の説明によると、五時半に家を出て蘆屋家の先にある滝で滝行。
終わって学校に直行すると時間が余るが、家に帰っても休める程の余裕はない中途半端な時間設定。
八時から十九時まで授業と補習で帰宅するのは十九時半頃になる。
「これでは休む時間が充分に取れません」
「そうか? 夕飯と風呂の時間を引いても八時間も自由にできるじゃん」
「今までどんな生活をされてきたんですか」
呆れたような同情したような声でクオンが言う。
姿勢や表情は変わらないが、わずかでも感情を見せるようになった事が志人には嬉しかった。
「四時間寝られたらラッキーと思えるような日々だったよ」
彼は苦笑いを浮かべながら答えた。
クオンは目を丸くして志人を見ていた。
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