第8話 試験

 宗明ひろあきが戻ったのは、里を出てから二週間後だった。

 事前調査の甘い依頼や、崖崩れでの足止めなど色々な要素が絡んでいた。

滋岡しげおかにとっては幸運だったな。それでも無理だとは思うが)

 一同が集まった報告を受けた宗明は、母と共に応接間に足を運ぶ。

 女中が襖を開け、中へと入る。

 最初に目に入ったのは蘆屋あしや親子のにやけ顔だった。

 訝しげに眉を寄せる宗明。それよりも志人の方が気掛かりだった彼は、志人ゆきひとの顔を見る。

 遠征前より少し疲れているのか、目の下にクマができていた。

 内心の安堵をおくびにも見せず、上座に座る。

(陰陽師の素養がある者を追い出すのは忍びないが)

 宗明はちらりと美月みつきを見た。

 何も興味がないといったように目を閉じている。

 宗明は心を決めると、志人に顔を向けた。

「思いの外遅くなってしまったが、その分時間は取れただろう。滋岡家の力、見せてもらおうか」

 言われて志人はスーツのポケットから一枚の紙を取り出す。

 それを右手に乗せると、目を閉じた。

 紙の角が、ゆっくりと持ち上がる。

 最初の一折りまで三秒かかった。

 宗明が目を見開く。

 次の折り目がつくまで更に四秒程。

(この短期間で?)

 宗明が志人の手の中を注視する。

 それはゆっくりとではあるが、着実に折り進められていく。

 静まり返った部屋の中、紙の擦れる音だけが小さく響いていた。

 額に汗を滲ませながら、志人は手の中の紙に意識を集中させる。

 それが菱形になるまでに五分を要していた。

(よくここまで進めたものだ)

 宗明は素直に感嘆した。

(だが、常人の集中力ではそろそろ限界だろう)

 実際に、紙の動きは徐々に遅くなっている。

 ふるふると震えながら、次の折り目がつく。

 秋風が庭の木々を僅かに揺らす音が、やけに煩く感じられた。


 志人が紙を取り出してから五十分が過ぎていた。

「なぜだ」

 宗明が小さく漏らした。

 微細ながらも動き続けた紙は、歪ではあるが折り鶴の形を成した。

「宗明ですら三十五日かかったのに」

 隣の母親も驚きを隠せずにいた。

 志人は小さく安堵のため息をつくと、額の汗を拭った。

 無表情だった美月と美雲みくもも、突然手品を見せられたように目を丸くして志人を見ている。

 だが数秒後には美月は何事もなかったかのように目を閉じ、美雲は不機嫌そうに目を逸らした。

「これで試験はクリア。志人を滋岡家当主として迎えるのに異存はないね?」

 幸子が宗明に有無を言わせない視線を向けながら言う。

「時間がかかりすぎです」

 動揺を隠せないまま、華凛かりんがヒステリックな声を上げた。

「制限時間なんて言われてないよ」

 ぴしゃりと言い放つ幸子。

 尚も反論しようとする華凛に、

「それにあんた、さっき三十五日って言ったね? 村のみんなに嘘ついてたのかい? それともあんたの言う一カ月は三十五日なのかい?」

 追い打ちをかける幸子。

 言い返す言葉を失い歯噛みする母を横目に、宗明は小さくため息をついた。

 そこに苛立ちの色は薄い。諦めと少しの賞賛が混ざっていた。

「滋岡志人」

 彼の名を呼んで改めてその姿を見る。

 最初は冴えない男だとしか思っていなかった。

(三日会わざればとは言うが)

 無理難題を乗り越えたその男の顔は、疲れ切ってはいても精悍なものに見えた。

「陰陽師として更に精進するように」

 軽く頭を下げて答えるのを見ると、宗明は席を立った。

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