第7話 それぞれの課題

 屋敷に戻ると、志人ゆきひとはクオンが借りてきた本を読み始めた。

 索引を探してみると、折り鶴の折り方が載っているページを見つけることができた。

 早速開いてみると、可愛らしいイラストと共に上達方法が書かれている。

(まずは一回手で折って折り目をつけておく、と)

 今朝まで平らなままだった紙を、志人は器用に折り進めていく。

 一度鶴の形になったそれを、今度は平らに直して意識を集中する。

 五分ほど手元の紙を見つめていたが、やはり動きはしない。

 他の本に別の方法が載っていないか調べてみたが、ヒントすら見つからなかった。

 再びお手上げ状態になり、志人は畳の上に突っ伏した。

 そこへクオンがお茶を差し入れてくれる。

 志人は礼を言って一口飲むと、クオンに紙を見せた。

「最初に折り目つけてからの方がやり易いって、本当?」

 本の内容を疑うわけではないが、糸口がつかめないままでは進めようがなかった。

「すみません、わかりません」

 クオンが頭を下げる。

「いや、クオンがどうやってできるようになったのか知りたくてさ」

 その言葉に彼女は頭を上げた。

「私は物心ついたときには出来ていたので」

「天才か!」

 志人のツッコミに照れる事もなく、困ったように視線をそらす。

 彼女を困らせるのも本意ではないので、志人はもう少し一人で頑張る事にした。

 クオンが台所で昼食の準備をしている音を聞きながら、志人は紙を左手に持ち替えたり両手を組んで乗せてみたりしたが、やはり動くことはなかった。

 再び畳に突っ伏して呻いていると、庭からのぞみの声がした。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「あれ、学校は?」

「土曜だから昼までだよ」

(昭和か?)

 内心でツッコミを入れる。

 この村にはゆとり教育というものはないようだ。

「折り紙してたの?」

 志人の手元を見て希が尋ねる。

「うん。でもうまくできなくてね」

「希、少しならできるよ!」

 元気いっぱいに胸を張る少女に、志人は目を丸くした。

「やってみてくれる?」

 そう言って紙を渡してみる。

 希はそれを受け取ると、右手に乗せて軽く手を握り目を閉じた。

 数秒してから紙を握っていた手を開く。

 紙は折り目通りに三角に折られたまま開く事がなかった。そのままゆっくりと半分に折り曲げられていく。

 小さくなった三角形が再び開かれ、台形になったところで希は息を吐いた。

「ここまで!」

 折り途中の紙を見せつけ、再び胸を張る希。

 志人は自然と称賛の拍手を送っていた。

 その反応に満足げな笑みを浮かべると、希は志人に紙を返した。

 手早くそれを広げると、希がやったように一度手を握る。

 ゆっくり手を開くと、紙は自然に少し開いた。

「三角のまま、動かないようにイメージするの」

 興奮気味に希が教えてくれる。普段教わる側の自分が、大人に教える事が嬉しいようだ。

 言われた通り、イメージしながら手を開いてみる。先程よりは少しだけ開く力が弱くなったように思えた。

 一度、三角形に折られた状態の紙を凝視してからもう一度試みる。

 今度はぴったりと三角形の状態で静止した。と思われたがすぐに少し開いてしまう。

「ほら、気を抜かない!」

 小さな先生の手厳しい授業は、昼食の支度ができるまで続いた。


 車通りの少ない荒れた道を、黒塗りのベンツが走っている。

 宗明ひろあきはその後部座席で、周囲の気配を探っていた。

 紅葉までは至らないが、少し青みが落ちた木々の中に強い気配を感じる。

 それは彼が山に入ってからずっと付いて来ていた。

 やがて道は行き止まりになり、車は静かに止まった。

 宗明は一人で降りると、錆びついた門に手をかける。

 目の前には打ち捨てられた古い洋館が建っていた。

 広い庭には雑草が生い茂っており、洋館の入り口までの道もまるで獣道のようだ。

 ゆっくりと足を進め、洋館の入り口まで辿り着く。

 洋館の中から、僅かに腐敗臭が漂っていた。

赤羽あかばね

 宗明が呼ぶ。

「ここに」

 答えて虚空から突如現れたのは天狗だった。

 赤羽と呼ばれていたが、背にある翼は黒い。

「大丈夫そうだな」

「心配をかけた」

 面の向こうからくぐもった声で答える。

 前回の依頼で大怪我を負った宗明の相棒は、故郷の山で療養していた。

 宗明は回復した天狗を迎えがてら、近辺の妖退治の依頼を複数受けていたのだった。

 ゆっくりと玄関の扉を開ける。

 人がいた頃は豪奢であったと思われる絨毯も、みる影もない布切れになっていた。二階に続く階段も半分が崩れ落ちている。

 宗明は懐から呪符を一枚取り出すと、強く握った。

 呪符は刀の柄となり、それを一振りすると日本刀の刀身が現れる。

 廊下の奥の暗闇に、小さな赤い光が灯る。

 それは徐々に増えていき、二十近くになった。

「聞いていたより小鬼が多いな」

 抜き身の刀を持ったまま、無造作に近づく。

 様子を伺っていた小鬼達は、宗明が完全に暗闇に包まれるのを待ってから襲いかかる。

 肉を切る音と断末魔が続いたのは十秒ほどだった。

「肩慣らしの分は残しておけ」

 音もなく追いついた赤羽がくぐもった声で言う。

 宗明が足を止めると、そのまま赤羽が前に出た。

 音もなく廊下を駆けると、重い物が落ちる音が続いた。

 それが終わる前に、宗明は左側にあった扉に刀を突き刺す。

 扉ごと胸を貫かれた巨漢の鬼が、呻きながら倒れた。

「思ったより時間がかかりそうだ」

 彼は赤い光が無数に浮かび上がった部屋の奥を目にして、少し面倒臭そうに呟いた。

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