第6話 里の人々
「おはようございます。
襖越しのクオンの声に起こされ、志人は大きく欠伸をしてから身を起こした。
枕元に置いたスマホを見ると、七時丁度だった。
「おはようクオン」
こちらも襖越しに答えると、
「朝食の準備ができております」
相変わらず感情のない声でそう告げられた。
とりあえず洗面所に向かって顔を洗う。
目が覚めたところで、当然の疑問が頭をよぎった。
少し早歩きになって台所に向かう。
小さなちゃぶ台の上に白米とわかめの味噌汁、鯖の味噌煮が並べられていた。
食欲をそそる香りに誘われながらも、志人はクオンに問う。
「俺、仕事行かなくていいのか?」
クオンはちゃぶ台の向こうから彼を見上げる。
「明後日までに仕上げないといけない仕事があったんだが」
「志人様の職場には退職代行サービスを利用させていただきました」
突然の事態に言葉が出ない。
「死ぬほど辛いご様子でしたし、陰陽師としての修行もありますので手配させていただきました。あのような無理難題を受ける事は想定しておりませんでしたので」
クオンが少し申し訳なさそうに下を向く。
「ああ、いや大丈夫。クオンの言う通り、死ぬしか逃げ道ないと思ってたわけだし」
咄嗟にフォローしてしまうが、志人の置かれた状況は良くはなかった。
(課題クリアできなきゃ無職か)
陰陽師としてやっていく覚悟など全くできていないが、戻る道がなくなってしまったのは落ち着かない。
(まあ、あそこに戻りたいとは思わないけどな)
志人は考えることを放棄して、とりあえず朝食をいただく事にした。
食事を終えてからもう一度クオンに手本を見せてもらったが、やはり志人は糸口が掴めずにいた。
「学校に行ってみようと思う」
一時間ほど四苦八苦した後に、志人が出した答えだった。
なぜかクオンの顔が少し曇ったように見える。
「どうした?」
問う志人に、クオンはその理由を口にした。
「校長は
「まじか」
志人は困り果てた顔で眉間を押さえた。
昨日の態度からして、邪魔をしてこないまでも協力などありえないだろう。
助けてくれそうなのは
「図書室で本読むくらいはできないかな」
「それくらいなら問題ないと思われます」
このまま昨日と同じ事をしていても何も変わらないと判断した二人は、早速学校に向かう事にした。
昨日安倍家の屋敷へと向かった道を進む。
今日も雲ひとつない秋晴れだ。
道中に出会う村の人達の反応は様々だった。
クオンに親しげに話しかけてくる人もいれば、完全に目を合わさないようにしている人もいた。
「やっぱり派閥みたいなものがあるの?」
誰もいない頃を見計らってクオンに尋ねる。
「
「俺達にとって安倍が対立、蘆屋が味方、賀茂は中立って認識で大丈夫かな?」
その質問にクオンは少し考え込んだ。
「賀茂家は少し安倍寄りだと思われます」
答えが出るまでの時間が、立ち位置の微妙さを物語っていた。
三姉妹の態度からしても答えは合っているように思える。
(田舎はこういうの面倒だよなぁ)
内心でぼやきながら歩いていると、広い空き地が見えてきた。
その奥には古い長屋が建っている。開いた障子の向こうには多くの子供達が座っていた。
「もしかして、あれが?」
「学校です」
クオンの言葉にしばし呆然としてしまう。
(ここだけコンクリート造りって方が不自然か)
妙に納得すると、クオンの案内で入り口に向かう。
クラスは全部で五つのようだ。小学部が三クラス、中高がそれぞれ一クラスで各教室には八人前後の生徒がいた。生徒数の問題からこれ以上の細分化は難しいのだろう。
二人に気がついた生徒達が少しざわめく。
こちらに視線を向ける生徒達の中に、見知った顔を見つけた。
紺のセーラー服を着た
彼女は志人と目が合うと、すぐに視線を黒板に戻す。
他の生徒達も教師の注意を受けて大人しくなった。
(陰陽師になれたとして、この村でやっていけるのかね)
色々と前途多難な状況に、志人は小さくため息をついた。
学校の図書室は意外と充実していた。
二十畳程の板張りの部屋に、本棚が所狭しと並んでいる。
普通に地理や生物の本もあるが、やはり陰陽師関係の棚が多かった。
初心者向けの本をクオンに選んでもらい、軋む木の椅子に腰をかけてページを捲る。イラストが多めなのは小学生向けに作られているせいか。
苦笑いを浮かべながらも、志人は内容に目を通す。
歴史上の偉人、陰陽道から見た世界の成り立ち、初歩的な術など、映画やライトノベルで知った知識も多少含まれていた。
(全てを陰と陽で表すのって、プログラムに似てるな)
志人がそんな事を考えてると、チャイムが鳴った。
部分的に近代が混じるのがやはり違和感だ。
生徒達が廊下を走る音が聞こえる。
何回か扉を開ける音が聞こえた後、図書室の扉が開かれた。
「クオン先輩!」
女生徒の声がした。
それを聞きつけた他の生徒達も図書室に集まってくる。
全生徒の半数程が押し寄せてきたため、かなり騒然となった。
「今日はどうされたんですか?」
「その人が滋岡の当主?」
「放課後までいるんですか?」
「また稽古をつけてください!」
矢継ぎ早に声をかけられ、困惑するクオン。
(結構人気者じゃん)
困った笑顔を浮かべながら生徒達と話す彼女を、志人は微笑ましく見守る。
そんな志人に好奇の視線を向ける子供達をかき分けて、希が前に出てきた。
「お兄ちゃん、今日はどうしたの?」
「陰陽道の勉強しにね」
志人の答えに、子供達がどよめく。しかし、
「お前ら、教室に戻れ!」
男性教師の声で、図書室は一気に静まり返った。
入り口に近い生徒からすごすごと教室に戻っていく。
クオンに話しかけていた生徒も、彼女に一礼して廊下に向かう。
最後の一人が図書室を出たのを確認すると、いかにも体育教師といった風体の中年男性が近づいてきた。
「滋岡家当主が何の用だ?」
(やっぱり教師は安倍派か)
内心で小さく舌打ちをしながらも、志人は席を立って彼に向き直る。
「陰陽道の勉強をさせていただいてました」
その言葉に、教師は机の上に視線を落とす。
そこに積まれた書籍を見て、鼻で笑った。
「今から子供向けの本で勉強とは大変だな。諦めて帰った方がいいんじゃないか?」
敵意をむき出しにして教師が吐き捨てる。
どう返したものかと志人が困っていると、クオンが机の本を手にして受付カウンターに向かった。
そのまま手早く貸し出し手続きを終えると、
「志人様、参りましょう」
そう言って彼を促した。
志人は足早に彼女の元に向かうと、教師に振り返る。
「お騒がせしてすみませんでした」
一礼して図書室を後にする。
そのまま二人は逃げるようにして学校を後にした。
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