第2話 目覚め

 気がついたのは見知らぬ和室だった。

 酒のせいか、軽い頭痛と吐き気がする。

(病院、じゃないよな)

 何かで奇跡的に助かってしまい、病院で目を覚ます事は考えていた。だが、ここには医療設備が全く見当たらない。

 想定外の事に驚くより先に、彼を襲ったのは失望だった。

(失敗したのか)

 不思議とどこにも痛みはない。

(死後の世界など信じてなかったが、ここがそうなのか?)

 そう思って身体を起こす。

 井草のいい香りがする八畳の和室。

 障子の向こうが明るいので昼間なのはわかる。

 布団以外のものは何もなく、床の間に読めない掛け軸と野菊が五輪飾られているだけの質素な部屋だった。

 立ちあがろうとして自分が浴衣姿なのに気がつく。怪我の痕は全くない。

(やっぱ死後の世界?)

 ゆっくり立ち上がって障子を開けてみる。

 太陽が見える位置にないが、昼過ぎ頃のようだった。

 垣根に囲われた庭は車一台分くらいの広さがあった。

 庭の物干しには、自分が着ていたグレーのスーツが干されている。

 垣根越しにぽつりぽつりと見える他の家は、どれも旧日本家屋のようだ。

 疑問符が消えないまま縁側に出てみると、澄み切った風が浴衣をわずかに揺らした。

「お目覚めになられましたか」

 背後から女性の声がした。

 振り返ってみると、襖の向こうに紺の作務衣を着た女性が立っていた。

 目を引くのはポニーテールに結い上げた長い銀髪と切長の赤い瞳。

 雪のように白い肌に薄紅色の唇が際立って見える。

 右頬に大きくついた傷痕がなければ、モデルと言われても納得する立ち姿だ。

 落ち着いた物腰から二十代後半にも見えるし、十代の幼さも垣間見える年齢不詳なところがあった。

「着替えを用意して参りますのでお待ちください」

 感情のない声でそう告げると、彼女は襖を閉めようとする。

「あ、待って」

 志人は慌てて呼び止めた。

 襖にかけた手を戻し、彼女は黙って言葉を待つ。

 何から聞いていいものか、混乱気味の頭で考える。

 しばらく間があったが、彼女は微動だにせず志人を見つめていた。

「ここはどこですか?」

 その真っ直ぐな視線から目を背け、部屋を見渡しながら聞いてみる。

「滋岡家の屋敷でございます」

 短く答える。

 当然の事ながら、志人に思い当たる節はない。

「俺の家ってことですか? というか、そもそも何県なんでしょう?」

 一度疑問を口にしてしまうと、聞きたいことが次々と出てくる。

「色々とご説明が必要です。お茶もご用意いたしますので、まずは顔を洗ってきてはいかがでしょうか」

 そう言って彼女は左手で洗面所の方を示し、一礼して去っていった。

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