第5話「相合傘」

放課後、突然の雨が降る。街は静かになり、路地に立ち込める匂いが心地よい。雨粒が地面に跳ね、水たまりが輝く。


「天気予報と全く違うやん!仕事してるの気象庁!」


翠は傘を忘れたらしい。因みに今日の降水確率は30%だ。何もかも感覚がズレているのが、翠のチャームポイントなんだけど、殆どの男は彼女の素晴らしさが理解出来ない。見る目がないなぁ。男ども。濡れるワンレングスの緑の黒髪、濡れた透けたシャツにドキドキする。ウィンドウショッピング中、周りの女の子、カップルも慌てて傘を取り出す。

「ほら、私の傘に入りなよ」と私。


「じゃあ、お言葉に甘えて」と、そっと入って、腕を組む。もう10年ですよ。10年来の熟年のカップルみたいに、私達の永遠が、今日も過ぎて行く。

「なぁ、今朝何食べてた?」

「トーストを食べたよ。」


「なぁ、お昼は何食べた?」

「貴方と一緒に、私が準備した弁当を食べよ。」


「なぁ、ウチの事、好き?」

「世界で一番好きだよ。」


「 なんで、ウチらキス止まりなん?」

「まだ、それ以上の事が想像出来ないからだよ」


「濡れているウチをどう思う?」

「世界一可愛いお姫様だと思うよ。」


「ウチ、この道左やけど、蒼はどうするん」

「もちろん、家まで送るよ。」


「なぁ、この瞬間を永遠のキラキラしたモノに変えたいんやけど。」

「じゃあ、恋人繋ぐする?」


「それじゃぁ、物足りへん。」

「じゃあ何が良い?」


「ここで、蒼の心音を聴かせて。」

「良いよ。」


私は特に、迷いもなく、シャツの上 のボタンを外す。そして、そこに翠

が顔を埋める。」


「ちゃんと聞こえる?」

「トクン、トクンって聞こえる。」


「これで満足?」

「考えるから、ちょっと待って」


パタパタと傘の雨音に耳を傾ける。


そして、小一時間が経つ。


「なぁ、ウチの鼓動も聴いて?」

「良いよ、どうすれば良い?」


「ウチも脱ぐから待って。」

「じゃあ聞くね。」


本当に良いのだろうか?私が翠を独り占めして。いつか誰かに刺されるんじゃないだろうか?



翠の心音は、殊の外、早い。恐らく上気してるのだろう。


「感想頂戴。」

「翠の方が鼓動が早いね。興奮してる?」


「してる。本当は、全部一緒にしたい。心拍数も、汗も、髪も、肌も、声色、身長も」


「それじゃダメだよ。違うからこそ惹かれる合うんじゃない?」


お互いの鼓動を、真夜中まで聴かせ合う。そんな真夏の1ページでした。

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蒼と翠 にふゆほのは @honoha_workd

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