第11話 戦慄
楓が笑っている。
母さんも父さんも一緒に笑っている。
「改めまして!私は優斗の母の
「おい!この人って…まぁいいか。よろしくね!楓ちゃん。」
こんなに家が明るくなったのは、いつ以来だろうか。
楓には人の心に影響を与える不思議な力がある。
僕もそこに惹かれたんだと思う。
あっという間に僕の家族とも打ち解けた。
「私ね、女の子が欲しかったのよー!もう優斗みたいな生意気な子じゃなくてね!」
「悪かったな!生意気で!」
母とこんな風に会話したのもいつぶりだろうか。
避けてた訳じゃないけど、誕生日を迎える毎に会話もどんどん減っていた気がする。
そんなやり取りを見て、楓はクスクスと笑っている。
「楓までバカにするなよー!」
「あっごめんごめん!なんか2人とも可愛くって!」
可愛いなんて照れることを平気で楓は言うもんだから、僕の心はそれを隠すのに必死だ。
でも、何より楓が楽しそうで僕は満足だった。
この先なんてどうなるか分からない。
どうにかするという、その気持ちさえあればいいじゃないかと思っていた。
「あらあら、随分話し込んじゃったわね!2人ともそろそろ寝なさい!おやすみ!」
気づいたら時計の長針と短針は重なり、日付が変わっていた。
僕の部屋に2つ並んで敷いてある布団に入る。
「優斗くん。ありがとう。」
その一言だけが暗い部屋に響いた。
その一言だけで楓の想いは十分なほど理解できた。
しかし、そんな優しい空間は一変する。
皆が寝静まり、夜中の3時を回った頃だろうか。
——玄関の方からドンドンと叩く音がする。
「こんな時間になんなんだ!」
創一が玄関に向かう。
すると、外から狂気じみた声が聞こえる。
家には緊張が走った。
「2人は部屋に隠れていなさい!」
父さんと母さんはそういうと玄関を開けた。
「楓!どこだー!へへっ。誘拐だ。これは誘拐だ!出せ!楓!楓を返せー!」
玄関先で騒いでいるのは例のアイツだ。
楓の母の彼氏だった。
玄関を開けるや否や、いきなりアイツは創一に馬乗りになる。
「おい!お前か!返せ。返せ。返せ!」
「乱暴はよせ!いきなりなんなんだ!」
「殺ろすぞ!殺す。殺す。殺す。殺すーーー!!」
そう言いながら創一をひたすら殴っている。
突然の出来事に創一はなす術がなく、一方的に殴られていた。
「やめてください!!死んでしまいます!!」
優実が止めに入るが、意図も容易く振り払われ、全くやめる気配がない。
「も、もう、や…めて、くれぇ…」
創一は戦意を喪失し、意識が朦朧としてきた。
ドアの隙間から覗くアイツの顔はニヤニヤと、まるで無邪気にオモチャで遊ぶように父さんを殴っている。
僕は震えが止まらなかった。
あれが同じ人間なのか。
「もうやめて!帰るから!!」
居ても立っても居られなくなった楓が部屋を飛び出した。
「おー楓。居るなら早く出てこい。コイツこんなんなっちゃったじゃねぇか。お前のせいだ。」
「ごめんなさい。ごめんなさい。帰るから。ごめんなさい。」
楓は泣きじゃくりながら、ひたすら謝っている。
アイツは勢いよく楓の腕を引っ張り連れて帰ってしまった。
嵐のように訪れ、あっという間に時は去った。
「お父さん!早く救急車と警察呼びますからね!」
母さんがそういうと父さんがこう返す。
「ダメだ。もし警察沙汰になったら楓ちゃんに何をするか分からない。様子を見よう。私は大丈夫だから。」
「でも。」
「何より、お前や優斗に何かあったらどうする?」
そんな父さんの優しさが僕の心に突き刺さる。
「父さん。ごめんなさい。」
僕は自然と何にも囚われていない言葉を発していた。
「優斗は悪くない。優斗は楓ちゃんを守ろうとしてやっているんだから、父さんは嬉しいよ。」
怪我だらけの状態でそんな言葉をかけてくれる。
これが父親というものなんだと感じた。
「父さん。俺、何にもできなかったよ。悔しいよ。悔しいよ。」
こんなに父さんと母さんの前で感情を露わにしたのは初めてだった。
涙が止まらなかった。
どうにかするという気持ちだけあればいいなんて言っていた自分が情けなかった。
——それから、楓とは連絡がつかなくなり、学校にも来なくなってしまった。
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