交差する物語

第10話 満ち欠け

楓の家を後にすると辺りはもう薄暗くなり始めている。


何処に向かっている訳でもなく、僕は歩いていた。


「優斗くん!」

何処からともなく、楓の呼ぶ声がした。


「ねぇ!なんで今日学校来なかったの!?連絡も取れないし!!」


「楓?あっ。ごめん。」


楓は怒った口調でそう問い詰めるが、それよりも安堵している表情が垣間見えた。


僕は嘘をつくのが苦手だ。

良いことも悪いことも正直に話してしまう。


今日、僕がやったことを楓に話した。


「そっか…そうなんだ。会ったんだね。ママに」


「勝手なことしてごめん。でも居ても立っても居られなくて。」


「びっくりしたよ。…コラ!」


コツンと僕の頭を楓はこづいた。

楓は大きな優しさを感じた。怒鳴られ、罵倒されても仕方ないようなことをしたのに、全てを受け止めてくれた。


このまま楓を帰したらどうなるかなんて想像は容易かった。考えれば考えるほど、怒りにも似た悲しみが沸き上がってくる。


「優斗くん。帰らなきゃ。」


その言葉を聞いた瞬間に僕は楓の手を引き、とにかく楓の家と逆方向へ走り出した。


——とにかくあの家から遠くへ。


「ねぇ!優斗くん!!ちょっと待って!!」


楓は慌てて僕を止めるが、その声ですら僕の頭には届かないほど僕は混乱していた。


楓が僕の腕を振り解き次の瞬間、僕のことを楓は抱きしめた。


強く、強く、息もできないほどに抱きしめた。


「大丈夫。大丈夫だから。優斗くん。」


1番辛いはずの楓はこんなにも優しい。僕は涙が止まらなかった。


楓のことを想ってというのは綺麗事だ。

自分の不甲斐なさ、情けなさ、後先考えずに楓を更に苦しめてしまった後悔、全て自分のことだった。


——世界一汚い涙だ。


なのに、楓はそっと優しく涙を拭ってくれる。


こんなに優しい子が何をしたって言うんだ。

この世界は残酷だ。公平、平等なんて言葉だけだ。


時間は迫っている。このままでは楓の帰りが遅いことを不審に思い、学校や警察に連絡がいってしまうかもしれない。


何か手を打たなければ。


僕は人生においてこんな日が来るのかと想像もしてなかった。


——恋というのは不思議だ。


「すいません!どうか協力してください!お願いします!!一晩泊めてあげてください!!」


僕は人生初めての土下座を母親、父親の前で全力でしていた。


「おい!なんだ急に!頭でも打ったのか?」


「雪でも降るんじゃないかしら?」


よく親が放つであろう、お決まりのフレーズが返ってくる。


勿論、同級生の女の子を泊めるなんて反対された。相手の親のことも知らない、楓とも初対面、当たり前だ。


僕は全てを話した。付き合っていることや置かれた状況。自分の親は人でなしでは無いと信じて全て打ち明けた。


情けない話だが、こんな時に頼れる人は他に居なかった。


こんな気持ちのこもった話を親にしたのは初めてだ。

こんな全力で親に向かったのも初めてだ。

でも、全てを捨ててでも楓を守りたい一心だった。


「お父さん。こんなに優斗が一生懸命だし」


「…わかった。母さん!相手の親御さんに連絡してあげなさい。」


そういうと楓の親へ連絡を入れてくれた。

母さんは私が引き留めてしまってなどと言って、どうにか説得してくれていた。


母さんは悪者になってくれたのだ。


こんな状況で楓には申し訳なかったが、嫌いだった家が少し好きになれた気がした。


——しかし、歯車は一つずつ欠け始めていたのだった。



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