第9話 コクハク

麻衣は大丈夫と言っていたけれど、帰っていく背中には焦りと気まずさを背負っていた気がする。


でも、なんで私なんだろう。


大して話したこともないし、そもそも別のクラスで初めて会ったのも、つい最近のこと。


男の子って…よく分からないな。


少し心は揺らいだが、男なんて所詮皆んな同じだ。


私は信じない、信用しない。


これもただの思いつきの行動のはず、その内忘れていくはず。


でも、誰かが見つけてくれた。

そんな気がしていた。


私は帰り道、考えることに夢中で気づいたら、あの忌まわしい家のドアが目の前にあった。


一息、溜息をつくと、ふと思った。

いつも帰り道は頭の中いっぱいに恐怖を抱えて帰っていたが、今日は違った。


「あれ。初めてだな。こんな帰り道。」


同じ道、嫌いな道。

それでも今日だけは違って見えて、少し好きになれた気がした。


その日を境に、優斗ひろとくんから毎日のようにアプローチが始まった。


私は男なんて信じちゃだめだと言い聞かせて、ことごとく断り続けたが、回数が重なるにつれて心の揺れが大きくなるのを感じた。


その度に帰り道の恐怖が消えていく。


そして、今日も麻衣は教室に困った顔でやってきた。


「楓ー!優斗ひろとが全然諦める気配ないよー!アイツこんなに根性あったとは…関心関心」


「麻衣。関心してる場合じゃないでしょ?」


「あっ。ごめんなさい。」


もう恒例となったこの会話も10回目の時だっただろうか、私の心の中はいつの間にか温かい何かで満たされていて、もう断るなんて選択肢がどこを探しても見当たらなかった。


「でも…麻衣も大変そうだし、しょうがないから教えてあげてもいいかな。」


「えっ?!本当に!?」


「うん!」


私自身も驚いていた。

男と交わろうとするなんて、どうかしてしまったんだと思った。


でも、優斗ひろとくんからは何か温かいものを感じていた。


その日から優斗ひろとくんとのやり取りが始まった。


好きな食べ物は?好きな音楽は?そんな他愛もない会話から始まる。


こんな他愛もない会話なんて記憶にないくらい久しぶりで、少し笑ってしまった。


話をすればするほど、惹かれていくのを感じる。

もう私に優斗ひろとくんを嫌う理由が何もなくなっていた。


「好きです。付き合って下さい!」

私も好き。でもまだ怖い。


「好きです!付き合ってください!」

私も付き合いたい。でも居なくなるのが怖い。


優斗ひろとくんの眼差しは真っ直ぐに私の心に突き刺さる。優しく、たくましい瞳に吸い込まれていく。


「大好きです!」

私も大好き。


——ここから、2人の物語は始まった。

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