第5話 歪み

心地良い時間は流れていき、中学2年生もあと少しで終わろうとしている。


肌寒い季節を迎え、セーターやカーディガンを着る姿がチラホラ目に入る。


僕はこの世の中で、こんなにもカーディガン似合う女の子がいるのかと、心の底から大きく惚気てしまった。


——ごめんなさい。


付き合い始めてから1年ほど経ったが、楓と僕はなんだかんだ喧嘩もなく、仲良く過ごしていた。


いたと思う。


でも最近、何か違和感を感じるようになってきた。


付き合い始めの頃には気が付かなかったことだ。

いや、気付いていても気付かないふりをしていたんだと思う。


そう、楓はいつもどこかに寂しさを纏っていた。


2人で登下校していても、2人で映画を観ていても、

笑っている時も何処か寂しげだった。


僕はどうしても、その違和感が気になってしまった。


「楓、何か悩んでることとかある?」

僕は思い切って楓に問いかけてみた。


優しさだと思って聞いたのは事実である。

しかし、本当にそれだけなのか。

きっと僕の違和感を解消したいという欲求が大半なのだろう。


「ううん。大丈夫だよ!」

無理やり作った笑顔で楓は答えた。


「なんでも言って!大丈夫だよ!力になる!」

そう楓に僕は伝えると、沈黙が生まれ、続いていく。


僕は自分の浅はかさを思い知った。

この5分は、あの時の20分よりも遥かに長く感じる。


沈黙の後、楓は噛み締めていた唇を解き、少しずつ話し始めた。


「あんまり…家がね。好きじゃないんだ。」

その言葉を聞いた時、僕は駄目と分かっていても喜びを感じてしまった。


僕も同じだった。

父母が嫌いになわけじゃない。

でも、あの殺風景な家が嫌いだった。


こんなに傍にいたのに、気づいてあげられなかった自分が情けなかった。


話を聞くと楓は幼い頃に父親を亡くしていて、今は母と母の彼氏と一緒に暮らしているそうだ。


母との関係は上手く保てているらしい。

でも、それは楓の優しさで保てているのだと直ぐに分かった。


問題はやはり、母の彼氏だった。


「小さい頃に見た光景がトラウマで…同じ空間にいるのが辛いんだ。」

楓は僕にも心配をかけないようにと、笑顔を取り繕って、そう語る。


僕はその話を聞いて、想像を遥かに超えた内容に震えが止まらなかった。


部屋には散乱した注射器。

支離滅裂な言葉を発しながら、暴れる姿はまるで悪魔そのものだったという。


現在は落ち着き、何事もなかったかのように振る舞っている。それもまた気持ち悪く、決して忘れることのできないのだと。


「これ以上、無理に話さなくていいよ。」

僕は苦しみながらも笑顔を取り繕う楓の姿がとても痛ましかった。


何より、もう僕の心が壊れそうになった。


「ごめんね。」

楓は僕を心配して、優しい言葉をかけてくる。


——もう辞めてくれ。


また流れる長い沈黙の中、僕は何を思ったか、震えながらある決意をするのだった。

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