二
あれからもう二か月して夏が来る、予感。みんなで水をやっていた山紫陽花の花が咲いている。湿った六月。校舎のコンクリートに大気中の水分が染み込む音さえ聞こえそうな六月。
小雨が多い毎日。ささやきのような雨の音。主に私の趣味で集めた水色の山紫陽花の花たちは、水滴を纏って透明に澄んでいる。
薄荷のことしか頭に無いと思っていた加奈は、今じゃ立派な園芸部員になっていて、どこで仕入れたのか、カンアオイ、テンナンショウ、おまけに山紫陽花まで買い込んで、学校に持ってきていた。
「これ、どうしたの?」
「買ってきた。テンナンショウは採って来た」
「どうして?」
「どうしてって、真面目に園芸する気になっただけだよ」
「ふうん」
嘘だ。加奈は嘘を付いている。カンアオイを探しに行こうと言った日から、私の目を見てくれないのだ。四月の時は少し気になったくらいだったけれど、今ははっきり嘘だと言える。紫陽花と、一部のカンアオイには毒がある。それに加奈が持ってきたテンナンショウは「マムシグサ」という種類。これもまた有毒植物。どれも鑑賞する分には十分園芸だけれど、彼女はなぜか有毒植物ばかり持ってくる。
「ねえ」
「なに」
「誰か、殺したい人でもいるの?」
少し冗談めかして、笑いながら聞いてみる。
「さあね。案外おまえのことかもしれないぜ?」
「もう、やめてよ」
そう言いつつ、この植物で人を毒殺するのは不可能だ。毒はあるけれど、人を殺すほどの毒じゃない。だから、今は何も言わずにおこうと思った。
「子供にとって、毒薬は持っているだけで恍惚の美酒足りえる」
「なにそれ」
唐突な加奈の発言の趣旨が分からなくて、私は苦笑いする。でも、そのある種のあやうさは、「毒薬」という響きは、確かに美しい恍惚をもたらす。それは理解できなくもなかった。
だって美しさは、時に己の命を要求することもあるのだから。加奈が昔教えてくれた。桜の下には死体が埋まっていても不思議じゃない、という話。それは桜が美しいからだ。美しさと怪しさは共存するということ。毒薬の恍惚はそんな逸話にも似ていた。
「フランス文学の本に書いてあっただけ」
「そうなんだ」
そうやってまた、私の知らない知識を教えてくれる加奈。私の詩情に言葉を与えてくれる加奈。私は今まで、彼女から不安をロマンチシズムに変える方法を教わってきた。それはとても心地よくて、酔いしれていられた。そうやって今日までやってきたから、彼女のロマンチシズムも分かる気がする。
そう思いつつ、今までとは違うあやうさを私は彼女に感じた。ただの勘かもしれないけれど。それでも何だか彼女が遠くなっていく気がする。彼女という存在を、詩情という病が侵食してきているような気がする。本が好きなのは前から知っていたけれど、最近の彼女の行動は三年目にして変わってきている。彼女が詩情に殺されないことを願う他なかった。
それでもこうして彼女はいつものように、部活に、学校に、顔を出してくれる。それだけで私はよかった。いや、考えたくなくて、よかったと思い込もうとする。
「やば、雨ふってきた~」
私と加奈が話しに夢中になっていると、同じようにおタカとの話しに夢中になっていた彩の言葉で、今は四人でいることに気付く。そう、世界は私と加奈だけじゃないんだ。彩もいる。おタカもいる。それは忘れちゃいけないことなのに、私は少しだけこの大切な場所のことを忘れていた。「今日」という日々が失われないことを私が祈るように、加奈は加奈なりになにかを祈っているのだと、思うことにする。そうして私の不安がみんなとの生活によって癒されるように、私や彩との毎日が彼女にとっての慰藉になれたら。いや、なるんだ。そう、思った。
「それじゃあみなさん、また明日」
そんなおタカの言葉に見送られて、帰路。彩は学校から出ているバスに乗って、私と加奈は自転車。
「ねえ」
「なに?」
「卒業って嘘みたいだよね」
「そう?」
そうだねとは言ってくれない。それでもその二文字の返事と共に、一瞬だけど、私という存在を彼女の瞳に映ったのを私は感じた。それに掴みどころのない返事は、そっけないけれどどこか安心感のある返事は、私が知っている加奈のそれだった。拒絶ではない反応。だから、少し安堵する。
「また紅茶吸いたいな」
彼女との繋がりを確かめるみたいに言って、拒絶される心配のない答え合わせをしてみる。
「べつにいいけど」
「じゃあ、うち来てよ」と言うと、加奈は「いいよ」って言ってくれる。うちに着くまで、家々の庭に植えられている紫陽花の花を探して、山紫陽花が一つも無いことに私だけが山紫陽花の魅力を知っているような気がして満足する。
そんなことを考えて気を紛らわせる。「卒業」だなんていう言葉を否定してほしいな、なんて、考えながら。この先、卒業の、その先。その未来が私たちにとって幸福なのか、不幸なのか、分からないし、誰も教えてくれない。もしかしたら不幸かもしれない。だとしたら、そんな未来なんかに、二人を盗られたくない。二人の、私の、この幸福な世界をずっと続けていきたいんだ。
「それ、私も巻いてみたい」とせがんで加奈に茶葉とローラーと紙、それからフィルターを借りる。
「彩が大学受験するんだって」
ベランダで「冗談にしか聞こえないよね」、なんて隣の加奈に言いながら、私は慣れない紅茶「たばこ」を巻く。
「いや、冗談じゃないだろ」
「え……」
予想外の反応につい声が漏れる。足元の何かが崩れ去っていくような気がした。
「あいつ、最近わたしらと遊んでないだろ。あいつはあいつでちゃんと考えてるんだよ」
「そう、なのかな」
「そうだよ」
「そうだよ」という言葉の重量感。私たち、本当に卒業しちゃうんだという現実感の重量。本当に何も考えていないのは私だけのような気がして、泣きそうになる。加奈も彩も、不安じゃないのだろうか。この先の、未来なんていう得体の知れないものが。本当は立ち向かうべきなんだろう。向き合うべきなのだろう。それでも、今は考えたくなかった。今日という現在を、永遠に先延ばしにしていたかった。
「お前も進路、考えろよ」
「そうは言うけど、加奈は考えてるの?」
怯えながら、尋ねる。
「考えてない」
その返事に「なんだ」と安心してしまう。本当はそんなふうに考えるべきではないと知っているのに。本当に二人のことを、私も含めた園芸部全員のことをおもうなら、「考える」べきなのに。
「一緒じゃん」
「そうだな」
そう言って笑う彼女の微笑が寂しそうだったけれど、それは卒業の未来という憂鬱のためだと勝手に解釈して、私は「たばこ」を口に咥える。
本当は、もう一緒じゃないのかもしれないな、なんて。みんな、別の未来を見ている。それが、苦しい。なぜか息苦しいと思えてしまうこの高校生活だけれど、この生活以外のことを考えられない。私にとってはここが全てなのだから。そんな生活が失われてしまうことが、苦しい。
でも、どうすることもできない悔しさ。
「もうすぐ夏だな」と呟く加奈の季節外れの長袖のジャージの裾を引っ張って、「なんだよ」と言われる。「なんでもない」とだけ返して、そんな日常のいとしさと、さびしさ。
「ね、またあれ、やろ?」
「あれってどれ?」
「シガーキス」
「いいよ」
片方に火をつけた「たばこ」の両端を重ねる。吸って、吐いて。加奈の首筋の血管、長いまつげ、「たばこ」をはさむ指の細さ。そういうものが、目に映る。ふと目が合うと、瞳には「たばこ」の先の燃える星が赤く映って、その艶めきに魅入られそうになる。
「火、もうついてるよ」
「うん」
そう言われて、名残惜しい気がしつつ、「たばこ」の先端を離す。ベランダの外はまだ小雨。このベランダだけ、宇宙に取り残された宇宙船のような気さえする。外は雨のような流星が降り注いでいるから、この宇宙船に避難している。そんな設定の感覚。
「私たちもちゃんと考えないとだめ、なのかな」
ふと、呟いてみる。
「そりゃ、な」
大学、短大、就職、専門学校。何となく思いつくのはそんなところ。でも、そこで自分が何をしたいのか、もしくはそこで何かをしている自分の姿が想像できない。こうして加奈と紅茶を吸ったり、彩とおタカの話しをしたり、みんなで花に水をやっていることだけが私の毎日だったのに。
「難しいね」
「なにが?」
「生きること」
そう言うと、加奈は「ふざけんな」と言って笑う。
「進路が決まらない程度で生きられないなんて言うなよ」
「だって私にとっては重大事件なんだもん」
「ま、確かにな。でも卒業までには決まるだろ」
進路が決まらないことを、教師たちからは散々言われているから、彼女の友達としての楽観主義が嬉しい。もしかしたら、彼女は本当は未来について考えているのかもしれない。でも、私のために、何も言わないでいてくれているのかもしれない。もしかしたら、だけど。でももし仮にそうだったとしたら、今はその気持ちに感謝しておこうと、思った。
雨空でも夏が近くなったこの時間はまだ明るい。「暗くなる前に帰るわ」という加奈に「もっと居てよ」なんて恋人みたいなことを言って、言ってしまってから恥ずかしくなる。
「また来るから、さ」
そう言ってくれる彼女に「うん」と言って、私は彼女を見送る。
加奈が帰った後、学校に持ち込み切れなかった庭の山紫陽花を眺める。この長雨が明けたら、紫陽花たちの花は終わって、夏が来る。紫陽花の花は花びらじゃなくて、がく弁だから長く花を咲かせるけれど、それもいつか終わる。永遠も、永遠には続かない。この三年間という永遠も。そんなことを考えて、私は加奈が帰って行ったであろう方角を見つめていた。
加奈は次の日遅刻してきた。
「おはようございます。社長」
「なにそれ」
「重役出勤だから」
休み時間、そんなことを言うと彩に「だめだよ~、優しくしなくちゃ~」と言われる。
「で、どうしたの?」
「遅刻したかっただけ」
「ふーん。で、それなに?」
加奈はビニール袋を持っていた。入っているのは何かの植物。
「トリカブト」
「は?」
これまでの有毒植物は、食べても死にはしない程度の毒性だけれど、トリカブトの毒性は強い。彼女の瞳の奥には、明確な殺意にも似たものがあるのを感じる。
「桜なら知ってるだろ? トリカブトは観賞用の山野草で売ってるぞ。夏になったら青い花が綺麗だろ」
「そりゃそうだけど……」
殺したい人が居るのだろうか。もしそうなら、それは誰だろうか。そんなことを考えて、その後の生物の授業も頭に入って来ない。
おタカの古典の時間、私はただでさえ分からない授業がいつもより分からなかった。夏の予感の中で、眠気を催す大気が教室を満たしている。
みんなの履いている短く折ったスカートと、自分の長いスカートを見比べる。透明なマニキュアを塗った彩の指先の動きを追う。そんなことをしていることしかできなかった。加奈が何かをしでかそうとしているかもしれないのに。
そうして加奈や彩の観察をして時間が過ぎるのを待っていたら、加奈の体が、何故かふるふると震えているのに気付いた。
「加奈、大丈夫?」
授業の終わり、加奈の席へ行くと、彩も気付いていたらしく、「大丈夫~」なんて言う。「何が?」なんて返すけれど、彼女の声には力が無かった。
「保健室行った方がいいよ~」
「そうだよ」
私と彩の言葉に、彼女は「だから大丈夫だって言ったろ」と言って、「眠いだけ。徹夜したからな」と机に突っ伏す。
絶対大丈夫じゃない。加奈は何かを隠してる。毒草ばかり持ってきて、あげくの果てにはトリカブト。それに今日の不審な様子。そんなことを考えて、彩と廊下で話す。
「絶対変だよ」
「それは僕も思ってた~」
「だよね」
そんな会話をしながら、彩の薄い化粧が「うらやましい」なんて、少し場違いなことを思ってしまう。彩はだんだん大人になってきているのだな、と感じる。化粧が大人の象徴なわけないのに、私は私の手に入らないものを大人だなんて定義して、うらやむことしかできない。
加奈は加奈で、いいのか悪いのか分からないけれど、何かをしようとしている。明確に変わってきている。園芸をまじめにする、という手段の先にどんな目的があるのかは分からないけれど。何にも考えていないのは私だけなのかもしれない。そんな考えが擦過する。
「次何かあったら、絶対保健室連れてこうね」
「うん~」
それまでの思考に蓋をして、私は彩と約束する。
そんな約束は、見事に果たされて、加奈は保健室。英語の授業中に倒れて、私は加奈に付き添って保健室。彩も付いて行くと言ったけれど、「貧血だろうから一人で十分」という教師の言葉で、私だけが付き添った。
「大丈夫だって言ったろ」
カーテンの引かれたベッドに寝た加奈は、脇のパイプ椅子に座る私に言う。
「ただの貧血だよ」
「そんなわけない」
「そんなわけある」
「ある」という言葉に力を込めて断言するけれど、「ねえよ」ときっぱり言われてしまう。
「絶対何かある」と思って、その場を離れたくなかったけれど、保険医に「教室へ戻りなさい」と言われてしまって、仕方なく教室へ戻る。教室へ戻るまで、慣れ過ぎた廊下の感触を感じながら歩く。慣れた道順。慣れた景色。慣れ過ぎた場所の中で、加奈のことを考えていると、それらは全く別の場所のように感じられる。
今まで普遍だと思っていたものが、わたしたちの関係が、なんだか脆いもののように思える。思えてしまう。加奈が何かを隠すのは、もしかしたら私のせいかもしれない。なんて、考えてしまう。それは膨張しすぎた自意識なのかもしれないけれど。それでもそんなことを疑い出したら、私は「私」自身のことすら分からなくなってしまって、彩のことも分からなくなってしまって、この見慣れた場所が、別の世界のように見えてしまう。
逃避のために購買横の自販機まで歩いて、スポーツドリンクを買う。口に含むとその清澄な冷たさに慰められて、また教室へと戻る気力が少しだけ戻って来る。
「大丈夫だった~?」
さっきの授業が終わって休み時間、彩に聞かれて、「大丈夫じゃない」と答える。
「本人は貧血って言ってたけど、今までの行動を見てたら普通じゃないよ」
「確かに~」
それでも私たちには何もできない。それが悔しい。
「毒草ばっかり持ってくるし、今日は倒れるし」
「もしかして、自分で食べちゃった、とか~?」
そんな彩の言葉が、もし本当だとしたら。それは考えたくない。「自殺」という言葉が脳裏をよぎる。そんな予兆はなかったけど、自死する人は予兆なんて無くても死んでしまう、と何かの本で読んだこともある。もしかしたら他の目的かもしれない。なんにせよ、事件を起こす前に私が加奈を止めなくちゃと思った。私だけが加奈を止められる、という傲慢さを抱えて。
悪いと思ったけれど、加奈はまだ保健室から帰って来ないから、放課後彼女の鞄の中や机の中を見てしまった。彩には言ってない。これは私の責任において、友情を裏切るんだから。
机の中には薄荷パイプと「たばこ」用のローラー、教科書やノート。でも鞄の中を開けたら、見てしまった。
そこには注射器と、何かの薬品の小瓶。薬物、という言葉が浮かぶ。でも小瓶のラベルを見たら、「生理用食塩水」と書いてある。「なんだこれ」と、「違法薬物じゃなくてよかった」という、安堵と疑問が同時にぐるぐる頭の中を回る。
「加奈……」
彩を一人で部室へ行かせて、保健室の加奈の所へ行って注射器の話しをしようと思った。そうしたら、「見たんだろ?」という言葉が返ってきた。
「うん。悪いと思ったんだけど、ね」
「サイテー」
その声は笑っていなかった。さっきまで同じ場所、同じ時間を生きていた人が、急に遠いところに行ってしまったような気がした。
「ま、いいよ。どっちみちバレると思ってたから」
「ねえ、あれ、何するもの?」
私が尋ねると、「あれね」と言って彼女はベッドから起き上がる。ベッドの縁に腰掛けて、足をぱたぱた揺らす。
「食塩水注射したんだよ」
そう言って長袖のブラウスの袖をまくる。そこには無数の注射痕。彼女がいつでも長袖だった理由が、今やっと分かった。
「え……」
「キモいって思っただろ?」
「思ってない!」
断言したら、「ありがと」という言葉でさっきより加奈の敵意が薄まった気がした。
「でも、なんで?」
「なんでって?」
「なんで死のうとするの?」
無知な私にとっては、食塩水を注射したらどうなるかなんて知識は無い。でも、血液に異物を注射したら、それは「死」に直結してしまうような気がしたのだ。
そうしたら、加奈に笑われた。
「あんなことしても死にやしないよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「戦中、捕虜に食塩水を注射して、どこまで血液を薄めても生きていられるかの実験をしたらしいぜ。輸血の代替としての食塩水の実験。戦後文学の本に書いてあった」と、そんな恐ろしい知識を加奈は語る。
「でも、どうしてそれを自分の体で試すの? 本物の血液の輸血じゃないんだから、大量に注射したら死ぬんでしょ?」
「そりゃそうじゃ」
「なんでそんなこと……」
それを聞いたら、加奈は無言。ベッドから垂らされた紺のソックスを履いた脚が、死に向かって歩いていってしまいそう。漂白されすぎたみたいに白いカーテンやシーツが、彼女の存在すら、命すら、漂白して、薄めて、透明にして消してしまう気がした。
少しの無言の後、彼女は何かを決めたような顔をして、私の目を見る。
「食塩水を注射して、血液を薄めて、透明になれたら。研ぎ澄まし続けたら、美しく生きていける気がする。そう、思っただけ」
「なにそれ」、そんな無知ゆえの冷たい言葉が出かかって、出なくて、出さなかった自分に感謝したいと思った。それを言ってしまったら、また彼女がもっと遠いところへ行ってしまいそうな気がしたから。
「もういいだろ。わたし、寝るから」
「良くない!」
どうしていいと言えるものか。今はまだ食塩水だからいいけれど、そのうち加奈はトリカブトを蒸留でもして注射してしまうんではないかと思えてしまうから。
「私たち、友達じゃん」と、そう言ってから、「友達」という言葉の軽さよ。私達の関係を表す言葉は、どうしてこんなにも安っぽいのだろうか。もっと大切な関係だからこそ、心配なのに……。
「それはありがたいけど、本当に放っておいて」
突き放すように言われてしまって、私はその場を去ることしかできなかった。
部室に行く頃には、もう彩が片付けをしていた。
「今日はもう終わっちゃったよ~」
「うん。ごめん」
「で~、加奈ちゃん、大丈夫だった~?」
「うん。ただの貧血だって」
私は嘘をついた。どうしてこう、最近私達は嘘ばかりついているのだろうか。
「よかった~。トリカブト食べちゃったのかと思った~」
「そうだね。そう、だよね」
良かったね。違うんだよ。トリカブトじゃなかったよ。「でもね」という言葉を吐き出したくて、でも酸素は泡のように無音で漏れ行く。
おタカは知っているのだろうか。加奈が食塩水を注射したことを。そう考えて、「いや、そんなはずはない」と思う。
だって注射器を見つけたのは私一人だったのだから。おタカに言うべきか迷って、結局言わないことにする。
「じゃあまた明日ね」
「うん~」
彩と別々に帰って、久しぶりに私一人の帰り道。庭々の紫陽花は綺麗だけれど、それが何になるのだろうか、と思ってしまった。
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