第25話 侍女は捕われる
「そういえば、陛下が水源の調査をするって言っていたっけ」
魔術院からも調査員を何人か出して、王宮内で専門の調査班を作る。たしかそんな流れだった。
「ひょっとして、騎士団と魔術院が揉めたのかな」
確かにあり得る。騎士団と魔術院の仲は、マドカが知っているくらいなので相当良くない。ヴィンセントが指示を出した時も、騎士であるグラントは渋い表情をしていた。
しかしそれで作業夫やオスカーが巻き込まれたのなら、既に報告が上がっているはずだし、噂にもなっているだろう。
マドカは水場へ向かって歩きながら考える。
考えに耽っていたマドカは、一人で行動しないようにと注意を受けたことをすっかり忘れていた。
「うーん、やっぱりいない」
着いた水場は静かだった。調査員も常駐しているわけではないのだろう。
湧いている水のせいか、この辺りは常に涼しい風が吹いている。そっと水を覗き込むと、透明な水にマドカの姿が映った。
「減っているって聞いたけど、まだ充分湧き出ているのね」
それにしても、見張りも作業夫も誰もいないとはどういうことか。いったいどこに行ったのだろう。
「とりあえず戻って、だれかに相談しよう」
といっても心当たりはほとんどいない。
どうしようかと思いながら、来た通路を戻って歩いているときだった。
「あっ、グラント侯爵」
早足でこちらへやってくる、グラントの姿が見えた。
「思い切って、グラント侯に相談してみるっていうのはどうかしら」
マデリーンなら嫌な顔をされそうだが、マドカならひょっとして少しくらいは話を聞いてくれるくらいはあるかもしれない。
でもマドカのほうはグラントと知り合いでもないし、気軽に話しかけられるような身分でもない。
とりあえず、道を開けて頭を下げようと、脇に寄ったときだった。
「マドカ! すぐにそこから離れろ!」
「はい?」
焦ったようなヴィンセントの叫び声が聞こえたような気がした。
マドカが目を瞬かせて顔を上げるのと、グラントが鋭い目つきで一気に駆け寄ってくるのは同時くらいだった。
「きゃっ!」
グラントの片腕が伸びてきて、胸元から首を押さえるように抱えられる。
「動くなっ!」
「えっ、えっ」
そのまま強引に体の向きを変えさせられると、こちらへ駆けてくるヴィンセントの姿が見えた。
「ヴィン、ス、陛下っ!」
呼ぼうとしたところで、締めるように腕の力を強められる。
「マドカッ、なぜこんな場所に!」
ヴィンセントもマドカに気がついたらしく、グラントから少し距離を取ったところで足を止めた。
どういうことなのか状況はわからない。だが訓練やふざけているような類ではないということはわかる。
ヴィンセントが険しい表情を浮かべて叫ぶ。
「いい加減にしろ、彼女を離すんだグラント」
「陛下の頼みだとしても、それは出来ませんな」
グラントはそう言うと、マドカを引き摺るようにして少しずつ移動を始めた。このまま行っても水場があるだけだ。
間違いなくなにかまずい状況で、マドカはそれに巻き込まれた。
通路の向こう側、ヴィンセントは硬い表情のまま追ってくる。これはひょっとして知らないうちに彼の足を引っ張ってしまったかもしれない。そんな風に考えているうちに、マドカは水場まで連れてこられた。
「そこから動かないで頂きたいですな、ヴィンセント陛下」
そう告げるとグラントは、マドカを拘束していない片方の手で瓶をひとつ取り出した。
「怪しげな薬は、魔術院だけの専売ではありません」
グラントかかざして見せた瓶はマドカにも見えた。結構な大きさがあり、中の液体はいかにも怪しいですといった色をしている。
「この水路に流せば、すぐにでも王宮中に毒は広まります、さてどのくらいの影響があってどれくらい倒れることになるか」
「グラント貴様っ!」
ヴィンセントが悔しそうに歯を噛み締めているのがわかる。
つまり先日の事件か別件かはわからないが、グラントがなにかしでかしていたのだろう。問い詰めたところ逃げ出し、さらにマドカは運悪くその逃亡中に出くわしてしまったのである。
「この娘とそれからこの水源、どちらもお大事でしょう」
そんな悪役みたいな人でしたっけ、と拘束されながらマドカは思う。
マデリーンを快く感じていないのは知っていたが、それも頭の硬い騎士だからこそだと思っていた。
「お前こそなにが目当てでこんなことをしている」
「ひとつ陛下にお願いがあります」
「わかった、聞こう」
マドカが捕われているため、ヴィンセントはなんとか穏便に済ませようとしている。
どこか楽しそうで酔うようなグラントの声が聞こえてきた。
「開けていただけませんか? 叡智の扉を」
「叡智の扉だと」
その言葉に、マドカはぎくりと固まった。
「陛下が受け継いでおられる鍵の力です」
「グラント貴様、どうしてその話を知っている」
「知っていますとも! 異なる世界へと通じ、様々な恵みと叡智をもたらす扉だ」
やはり鍵の話が外に漏れていた。しかもあきらかに悪用しようとしている。状況は最悪だ。
なんとかヴィンセントの足手まといにはなるまいと、マドカはじたばた身動きしたが、それはかえって逆効果だったらしい。
ヴィンセントはグラントに応じるように言葉を返す。
「わかった、俺の力で扉を開こう」
「ははは、それでいいのです、陛下」
「ちょっ、陛下っ」
駄目だと叫ぼうとしたところで、黙れと言わんばかりにまた締め付けが強くなる。
「うぐっ」
苦しそうにすれば、グラントの思う壺だとは思うが、馬鹿力は緩む様子がない。
ヴィンセントは真っ直ぐグラントを見据えて答えた。
「わかった、鍵の力は使う、だからまず彼女を離せ」
「扉が先だ!」
叫ぶグラントへ、ヴィンセントはゆっくりと首を振った。
「彼女になにかあってみろ、王宮が潰れたとしても俺はお前を許さない」
鋭い視線で睨むヴィンセントに気圧され、マドカを拘束していたグラントの腕が緩んだ。
「いいだろう」
グラントがそう言ったと同時に、腕か解け解放された。足は少しふらつくが、マドカは必死にヴィンセントのほうへ駆ける。
「マドカ、無事か? もう大丈夫だ」
「ありがとうございます陛下」
しかし状況はわずかにしか好転していない。グラントはまだこの王宮の水源を盾にしている。
王宮に勤める者以外にも、庭園の植物や家畜だって水を必要とするものは多い。
ヴィンセントはマドカを庇うように後ろに下がらせると、あらためてグラントへ鋭い視線を向けた。
「さあ陛下、鍵を!」
「鍵には、準備のための時間が必要だ」
マドカはマデリーンとして、鍵の力の存在しか話していない。ヴィンセントは力の使いかたを知らないはずだ。しかしここは任せるしかない。
「騙したのかッ」
「待つんだグラント! 確実に力を使うために準備が必要だ」
叫んだグラントが瓶を水源に向かって傾けようとした。だがすぐにヴィンセントの声が飛び、液体が落ちる寸前で瓶が止まる。
「必要なものもある、鍵の媒体のようなものだ、……取ってくるから早まるな」
「わかった、だが鍵はここで開ける、そうしないと分かっているな」
「分かった、待っていろ」
グラントが頷くと、ヴィンセントはマドカの肩を押してその場から離れた。
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