第24話 二人だけの晩餐
食事の配膳は本来マドカの仕事ではないが、調理場を覗くのは好きだ。
結局今日もさりげなく理由をつけて、渋るトレサを置いて調理場に向かった。ヴィンセントは黙ってさり気なく来たので、そのまま部屋に置いてきたが。
向かった調理場はなんだかいつもと雰囲気が違っていた。オスカーや他の料理人たちが、なにかあったと言わんばかりに腕を組んで首を傾げていたのだ。
「どうしましたか? オスカーさん」
「いや、たいしたことじゃないんだが」
そう答えたところでオスカーは口を閉じた。
あきらかになにかありました、といった表情だ。しかしマドカには話しづらい内容なのかもしれない。
あまりしつこく聞くのはよくないだろうと思っていると、オスカーが口を開いた。
「水場から水を汲んで、この調理場へ運んでいる作業夫がいるんだが」
「はい、その人がどうしたんでしょうか?」
確かに、水路が行き届かない場所や、多くの水が必要な時などに、水を運ぶことを仕事にしている者がいるらしいということはマドカも知っている。
「朝の水汲みには来たんだが、それから姿が見えないんだ」
「いなくなったってことですか?」
「真面目なやつだから、無断で仕事を放り出すようなやつじゃねえ」
「でもどこにもいない?」
マドカが確かめるように言うと、オスカーは首を縦に動かして頷く。
「とりあえず、水は他の作業夫と俺たちで汲めるが、心配だなって」
「王宮の誰かに報告して、探してもらいましょうか」
大事になっていないならいいが、なにかあったのなら心配だ。マドカがそう提案すると、オスカーは首を横に振った。
「そうは言っても下働きの作業夫だしな、わざわざ探してもらえるか」
「そうですか」
確かに下働きの姿が見えないというだけで、国王であるヴィンセントにわざわざ伝える話ではない。かといってその下の者というと、マドカには心当たりがない。
とりあえず、オスカーには適当に誤魔化して、ヴィンセントへの食事を用意してもらう。最近配膳を任されていたので、そこはうまく誤魔化すことができた。
結局マドカはもうマデリーンの化粧を落としてしまっていたし、ヴィンセントが一緒に夕食にすると譲らなかったので、マデリーンの部屋で二人は食事をすることにした。
「いただきまーす」
「相変わらず幸せそうに食べるな」
「そうかなあ、みんなと同じだと思いますけれど」
だってこんなに美味しいんだもの。そう答えながら、マドカはにこにこと笑顔で食事をする。
「ああでも、マデリーンの時はなんていうか、マデリーンっぽく振る舞わなきゃならないので、ここまで美味しくないかな」
「確かにマデリーンは夜会や晩餐にはあまり顔を出さないな」
「マデリーンの格好で食べるのはちょっと苦手なので、特に最近は断っています」
今日はヴィンセント向けの食事と伝えて用意してもらったので、食事には果実酒のようなものが付けられていた。
「陛下はいつも飲まれるんですか?」
「いや、晩餐などで口にする機会も多いし弱くはない、だが毎食飲むわけではないな」
グラスは二つ用意されているが、マドカは酒類にはいっさい手を付けずに食事を続けている。
「マドカは酒が苦手か? 確かマデリーンもほとんど口にしないと聞いたが」
「苦手というか……」
「どうした?」
「いちおう元王妃なので、暗黙とはいえ破るのはあまり良くないと思っていたので」
ラクトセアム王国では、酒類を嗜むのは十九を越えた年齢くらいからというのがごく一般的だ。
意地の悪い王妃マデリーンだったらそんな暗黙どうでもいいのだろうが、マドカはそれでもさりげなく守っている。
ヴィンセントが一度グラスを置き、マドカの方を向いた。
「すまない、マドカはいったい幾つだ?」
「……今年で十八になります」
「は?」
ヴィンセントの動きが止まった。マデリーンはわざと年齢不詳のように振る舞っているが、おそらく同じくらいの年か少し下くらいだと判断しているだろうとは感じていた。
ヴィクトルのところに妃として世話になっていた頃から、なんとなく年は誤魔化していた。聞かれても具体的には答えないようにしている。
「てっきりマデリーンの態度から判断して同じくらいかと思っていたが、そうか」
「そこまで悪い年じゃないと、思いますけれど」
「悪いだろう、色々と」
ヴィンセントは食事の手を止めてなにやら頭を抱えている。なにが悪かったのかマドカはまったく理解できない。
「十八の割には、考えかたが少し老けすぎだぞ」
「むっ、ひどっ、なんですかそれ! そんなことないです」
もうちょっと大人の女性じゃないと、ヴィンセントは嫌なのだろうか。そんな風に考えながら、マドカは頬を膨らませつつ食事を続けた。
「なにを考えていたんだ父上は、手を出していないといったってあり得ないだろう」
そんなヴィンセントの呟きは全面的に聞こえない振りをした。
「べつにいいですよ、ヴィンセント陛下の好みが、もう少し大人の女性ってことはわかりました」
「そんなことは言っていない!」
「だったらどうして慌てているのでしょうか」
「……ただ少し驚いただけだ」
ヴィンセントはグラスの中の酒を飲み干すと、まだ残っていた果実酒の瓶には蓋をしてしまった。マドカは食事をしながらちらりとヴィンセントの様子を窺う。
「あれ、陛下もう飲まないのですか?」
「おかしな酔いかたをしそうだから今日はもうやめる」
なにを言っているのかマドカにはいまいちわからなかったが、もう飲まないというのだから敢えてすすめることはない。
食事が終わるとヴィンセントはすぐに戻ることになった。
「もう少しマドカと一緒に居たいところだが、面倒な奴らに見つかるわけにはいかないからな、今日はこの辺で帰るとしよう」
「はい、おやすみなさいませ、陛下」
この間のように夜更けになっても帰らなければどうしようと思っていたので、戻ると言われてマドカは少し安心した。同じくらい寂しさも感じたのだが、それは言わない。
マデリーンではないので、部屋の中でヴィンセントを見送る。
「あっ、水汲みの作業夫のこと、言えば良かったかな」
でもきっと厨房や作業夫の上司からどこかへ報告はされているだろう。
マドカがわざわざ国王であるヴィンセントに伝える必要はないか、そう思い直して、マドカは寝る前の肌の手入れに向かった。
おかしいと感じたのは、昼前に厨房のオスカーのところを覗いた時だ。
厨房にいるはずのオスカーの姿はどこにも見えなかった。
「ひょっとして、水汲みかな」
昨日、水汲みの話をしていたから、水場にいるのだろうか。しかしわざわざ料理人のオスカーが水汲みに行ったと言うのもおかしいし、厨房はある程度水路が引かれているから、まったく水がないということにはならないはずだ。
「おかしいな、一度、見に行ってみようかな」
他の作業夫がいなくなった後に、オスカーの姿が見えないというのは心配だ。
「水場って、確か王宮の西よね」
誰かに相談するということも考えたが、先にちらりと見てこようとマドカは考えた。
というのは、報告の心当たりがヴィンセントくらいしか思いつかないからだ。
国王に下働きの作業夫がどこにもいません、なんて話はさすがにするわけにはいかない。
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