第23話 もう心惹かれている
やはり彼が知らぬところで進んでいた話なのだろう。しかしだからといって進めた者に非はない。
「傲慢で王宮を思いのままにしている魔女のような女なのに、引き取ってくださるっていうんですよ」
「どこの誰だっ、誰が勝手に!」
マドカは手を身体の前で組むと俯いた。ひょっとしたらそうやってヴィンセントに感情的になって欲しかったから話をしているのかもしれない。
だとしたらやはりマデリーンもマドカもどちらも悪女だ。
「でも、断ってしまいました」
「断った? それは本当か」
ヴィンセントの手がマドカの肩に伸ばされ、もうすこしというところで離れ下がる。
「はい、頷けませんって、直接お断りしました」
「本当に断ったのか?」
顔を上げ、無理に浮かべた笑顔で報告すると、ヴィンセントはどこか不安そうな表情のなかに次第に安心が増えていく。
「その、ヴィンセント陛下」
「なんだ」
「わたし、近いうちに王宮から出ていこうと思います」
「どういうことだ?」
縁談があって、フレデリクと会って、それでフレデリクとも話してようやく考えた答えだ。
きっと今のままではヴィアン湖畔の離宮も用意されない。気まずいままここにいるより、マデリーンはもう辞したほうがいいと思う。
「陛下のためにも、陛下のお妃になるかたのためにも、この部屋は近いうちに整理しなければならないことはわかっています」
「出ていってどうなる、行く場所は!」
「これでもマドカのお給金とか、叔父様がわたしのためにって少し残してくれたものがあるんです、それで暮らしまっ」
言葉は最後まで伝えられなかった。
近付いてきたヴィンセントがマドカを抱きすくめ、耳元で訴える。
「駄目だ、許さない」
「ちょっ、陛下っ」
「無理強いはしたくない。だが俺から離すつもりはない、許さないと言っている」
ありがとうございますわたしもです、そう答えられたらどんなに良いだろう。しかしきっとマデリーンが枷になる。ヴィンセントの迷惑にはなりたくなかった。
「絶対に俺のほうに振り向かせてみせる、だからそれまでここにいろ」
「そんなの」
もう惹かれている、ヴィンセントばかり見ている。それなのにどうしてこんなに優しいことを言うのだろう。
「この間、グラント侯爵の令嬢には伝えたんだ」
「なにがでしょうか?」
「好いている娘がいる、共に過ごしたい唯一の存在だと」
マドカは驚きに目を見開いて固まった。確かに楽しそうに話をしていたのを見たが、まさかそんな話をしていたなんて。
てっきり彼女と上手くいっているのだと思っていた。
「応援しておりますと笑っていた」
だとしたらマデリーンは、王宮に巣食う魔女などもう不要なのに、それでもここにヴィンセントの側にいていいのだろうか。
「か、考えますっ」
マドカはそう答えて必死にヴィンセントを押し離そうとした。
考えられるわけないが、マドカが答えられる精一杯の言葉はそれしかなかった。
「ああ、俺は本気だ、だから良い答えを待っている」
「……はい」
小さな声で答え、頷くとようやく満足したらしいヴィンセントが抱きしめていた腕を緩めてくれた。
「言っておくが、俺の答えを保留している間は、他の縁談は許可しないからな」
今後はこんなことのないように、十分気を配っておく。ヴィンセントはそう呟くように付け加えた。
「それから、マデリーンとマドカのどちらにしても、一人での行動はなるべく控えてくれ、マドカなら大丈夫だということはないし、その逆もそうだ」
「はい、わかりました」
「出かける時は、必ずトレサを呼ぶように」
確かに、トレサにバレていないと思っていた時は、彼女にも内緒で出かけることも多かった。そんな時はとても心配していたと、涙ぐんだトレサから伝えられたのはつい最近だ。
このままだと無限に注意が飛んできそうなので、マドカはぱちんと手を打ち鳴らすようにして話題を変えた。
「トレサにお茶の用意を頼みます、陛下がくださった焼き菓子と同じものがあるんです」
「まだ残っているのか?」
「いえ、美味しかったって喜んでいたら、トレサが手に入れてくれたんです」
時々お茶とともに出してくれている菓子は、マドカのとっておきの楽しみだった。
ヴィンセントと一緒に食べるならそれはそれで楽しみだ。そう思って茶の準備に向かう。
「わたし、王宮から外に出たことがほとんどないんです。だからこういう品がとっても珍しくて、わくわくしてしまって」
お茶とともに用意された菓子を二人で食べながら、マドカはそんな話をしていた。
興味はある、だからといって自分から出て行くだけの勇気はない。今日のように外の物にたまに触れると、感激してつい夢中になってしまう。
「外に出たことがない? 里下りなんかはしていないのか、それは立場がどうであれ認められるはずだが」
「おじいちゃんって人はいるらしいのですが、お父さんとは仲が悪かったみたいで、会ったことはありません」
マドカはゆっくりと首を振った。確かに父の実家はあるらしいが、マドカは全く知らない。ヴィクトルは知っていたらしいが、祖父の話を聞いたことはなかった。
「建国祭の時期もマデリーンは人前に出ていないな」
「そういうのは、わたしが断っていました。叔父様のとなりに並ぶのはリファナ様だけだし、なんか違うなって思ったら、どうしても開き直れなくて」
「そうだったのか」
「それで、付き合い悪いとか態度悪いとか、そういう悪い評判ってすぐに広まるんですよ」
ふわりと、ヴィンセントの手がマドカの髪を撫でるように頭に乗った。
驚いて顔を上げると、離れたはずのヴィンセントとの距離が、また近くなっている。
「ありがとうマドカ」
「なんですか、急にそんな」
「俺がマドカにそう伝えたかっただけだ」
よくわかりません。呟くようにそう答えると、ふわりともう一度ヴィンセントの温かい手がマドカの頭を撫でた。
「参ったな、少し話をしたら戻るつもりだったが、もう少しマドカとともにいたい」
「えっ、でも、きちんと戻らないとまたローレンスさんが怖い顔で来ますよ」
「あいつなら今日は大丈夫だろう、別件で王宮の外に出ている」
どうも夜になっていないのに来るとはおかしいと思ったら、ローレンスがいないかららしい。
だとしたら政務も適当にはからって来たのではないか。
マドカが思わず心配になって見上げていることなど知らぬと言わんばかりに、ヴィンセントは明るい表情になった。
「決めた!」
「はい」
「マドカ、一緒に夕食にしよう」
「今お茶が済んだばっかりですけれど」
「いいだろう、それとこれとは別だ」
そこで断ることも出来るはずなのに、マドカはわざと渋々といった表情を浮かべて立ち上がった。
確かにお腹は空いているし、ヴィンセントと一緒に食べるのは嫌ではない。
「仕方ないですね、用意します」
マドカは食事の手配をしてもらうために、トレサを探しに出た。
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