第26話 王と侍女の作戦会議
「ちょっと陛下、鍵の力はっ」
「しっ、部屋まで黙っていろ」
思わず抗議しかけたところで、ここでは話さないようにと止められる。
足早に歩いて向かった先は、マデリーンの部屋だ。
「まったく、面倒なことになったな」
部屋に入って長椅子に座ったところで、マドカは一気に体の力が抜けた。
ヴィンセントもそれは同じようで、座り込まないまでも長椅子の背に凭れるようにして、大きく息を吐いている。
「いったいどうしてあんな場所にいたんだ」
「水汲みの下働きと調理場の料理人が行方不明なんです」
「なるほど、思ったより被害が出ているな」
ヴィンセントは顎に指を当てて考え事を始めた。
考えを邪魔してはいけないとは思ったが、やはり聞きたい。
「グラントはなにをしたのでしょう?」
「先日の襲撃事件に関して、疑いがあると調べがついた」
やはりそうだったのかとマドカは頷く。あれは最近起きた事件の中で一番大きなものだ。ヴィンセントがさらに続ける。
「鍵の力目当てというのもさっき分かったが、そもそも騎士にあるまじき行動も他の騎士から報告として上がっていた」
苦々しい表情は、信頼を裏切られたものからかもしれない。ヴィンセントは特に、一緒に騎士として任務や訓練に励んだこともあったろう。
「妹の件もかなり強引に進めていたらしい」
「そういえば、陛下の妃候補に上がっていましたね、庭園で二人がとても楽しそうに過ごしているのを見ました」
マドカとしては、別に嫌味で言ったつもりはない。ただほんの少し嫉妬が混じっただけだ。
「嫉妬なら嬉しいが?」
「違います」
だらしなく座った長椅子からは、ヴィンセントの表情ははっきり見えない。だが口角は嬉しそうに引き上がっているとわかる。
「こういう話が本人の知らぬところで進むこともあるだろう、しかし今回はあまりにも不審な点が多く、手紙ではなく令嬢本人と話をした、それだけだ」
「ひょっとして、あの代筆された恋文ですか?」
「書いた者までは調べがついていないがな、少なくとも令嬢本人は心当たりがないそうだ」
確かにあの手紙は、男性が令嬢の筆跡を真似たものに見えた。手紙を見せたローレンスは差出人を伏せていたが、やはりグラント侯の令嬢の物だったようだ。
「彼女や周囲の者に騒ぎが及びたくないと思い、グラント本人を呼び出し訊ねようとしたらこれだ」
「陛下がお一人でそんなことされるから」
「その言葉そっくり返そう、なぜ俺に報告しなかった」
そのまま言い返されて、マドカはすぐに口を閉じた。しかしヴィンセントは凭れていた姿勢から体を起こし、マドカを覗き込む。
「グラントに言ったことは本当だ、そのくらいお前が捕らわれたとき心が痛かった」
「陛下……」
「とにかくお前だけは取り戻さなければと思った」
揺れる蒼い瞳は言葉と同じように、真っ直ぐマドカを見る。
「ありがとう、ヴィンス」
素直に礼を告げると、ヴィンセントはようやくほっとしたという温かい笑みを浮かべた。マドカも同じように笑顔を浮かべる。
それからヴィンセントは、気持ちを切り替えるように、表情を引き締めた。
「さて、これからどうするかだな」
「本当に、鍵の力を使うつもりですか?」
あの力は出来れば使って欲しくない。たとえ一度といえど、命を縮める可能性があるものだ。
「使わないさ、というより、あれははったりだ」
「はったり? つまり……」
「俺もマドカ、マデリーンから聞いただけ、使いかたをそもそも知らない」
よくもまあ知らないのにあれだけ堂々と言えたものだと、マドカは感心する。しかし使わないという言葉には安堵した。
「とりあえずマドカを解放させて、時間を稼ぐつもりでああ言ったが、どうするかだな」
要はあの水場から引き離せばいいということだろう。
「扉の間があるって言って、水場から引き離しちゃえばいいんじゃないですか?」
「そんなもの、あるのか?」
「知らないです」
マドカは首を振った。そんな話は聞いたことがない。
「マドカは父上から話を聞いただけか?」
こうなった以上黙っていられない。マドカはようやくその話をヴィンセントにする決心をした。
「その、お母さんのこと話しましたよね」
「確か、異国出身だったな」
「ヴィクトル叔父様が鍵の力を使って招き寄せたのは、わたしのお母さんでした」
「父上は、魔獣被害を納めるのに鍵の力を使ったのだろう、ということは」
「うん、聖女って呼ばれていました」
異世界から招き呼ばれた聖女、マドカとは違い浄化の力を持ち、多くの知識があった。
「聖女は国の浄化に貢献し、護衛の騎士と結ばれた、俺もよく聞いた憧れの物語だ」
「確かに、お父さんは騎士でした、結ばれてわたしが生まれた」
母はよく異世界の不思議な話をマドカにしてくれた。その度に少しだけ寂しそうな表情をしていたのを覚えている。
「そして父上はその聖女、マドカの母上を鍵の力で元の国に帰した」
「王家の人間は、確かに鍵の力がある、でもだからといって何度も使えば代償が伴います」
「それで病に倒れたのか」
「はい」
聖女であるマドカの母ならば、癒しかたを知っていたかもしれない。しかしその母を帰すために、ヴィクトルは力を使った。
「わたしは、この国が好きだったし、引っ越すって言われても不安でした」
「それで残ったのか?」
「力を使ったヴィクトル叔父様は、倒れる寸前でした。見ていられなくてわたしはあの時咄嗟に、開いた魔術陣から飛び出してしまった」
飛び出したらどうなるのか分かっていたのに、みるみる顔色が悪くなるヴィクトルを見ていられなかった。
「だからマドカは俺に、使ってはいけない力だと説明したのか」
「そうです」
両親と離れた寂しさはあったが、それでも仕方ないと思っていた。ヴィクトルがもう一度扉を開く可能性さえ感じていなかったほどだ。
「俺が代わりに鍵の力を使っていれば、父上は生きられた、か」
「わたしはそうは思いません」
マドカはゆっくり首を振った。もしそうならば、もっと早くヴィンセントにその話をして問い詰めている。
「むしろわたしが……」
軽率にこの国に残ったから。ヴィクトルは残ったマドカを気にしていた。会えないと分かっている、納得しているとどんなに伝えても、そうじゃないだろうと言われることがあった。
「マドカ、確かにこれは堂々巡りだ、同じように俺もお前のせいだとは思わない」
「陛下」
ヴィンセントはマドカを見てまた優しく笑う、まるで共に笑えと誘うような笑顔はとても眩しくて嬉しさを感じる。
「話を戻そう、今の話からして、マドカも父上から力の条件は聞いていないということだな」
「はい、それとグラントがどこまで知っているのかも分かりません」
グラントが条件を知っているなら、適当に仕掛けるのは危うい。しかしなんとか気を逸らして水場から引き剥がす必要がある。
「グラントは、鍵をここで使えと言っていただろう、必要な媒体については奴も知らないようだが、力を使う場所は限定されてないということだ」
「それなりの広さは必要だと思いますけど、叔父様は部屋の中でも力を使えていた、と思います」
「そうか」
魔術によっては詠唱のようなものもあるが、そこまでは分からない。
力任せに仕掛けて、毒瓶を水源に落とされるわけにはいかない。訓練を重ねた騎士であるグラントから、ヴィンセント一人で瓶を奪うのも難しい。
焦りを感じても、時間はどんどん経っていく。
そんな時だった、部屋の扉が来訪者を示すように強く叩かれた。
「トレサかな、でも彼女の叩きかたじゃないな」
首を傾げて立ち上がったマドカを押さえ、代わりにヴィンセントが扉へと向かう。
「誰だ?」
「お嬢様トレサでございます、実はローレ」
「そこにいますね陛下、作戦会議なら是非とも加えて頂きたく」
はきはきと通る声は、ローレンスのものだ。どうやらトレサを押しのけたらしい。ヴィンセントがどこか嫌そうな、それでいて嬉しそうな表情を一瞬浮かべたのをマドカは見た。
「ここで言い争っても時間がない、開けるぞ」
「はいっ」
マドカは慌てて姿勢を正した。
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