従弟の坂上一は、一言でいえば、常識人である。毒吐きの私から見れば、箱庭ナイスガイだ。世の中一般から見て、多分標準的にいい人で、いい息子だ。何故未唯の息子なんだろうと思うぐらい、普通である。


 さて、この一に電話した。

「あのさ、未唯さんの入っている矛能尾ケアセンター尻和里、大丈夫?」

「大丈夫、ってどういう意味?」

「いや、さっき、電話していて話の文脈的に泣いてもおかしくないところで、情緒不安定だとか言って電話切られて、連れ去らわれたんだけど。」

「大丈夫、だと思いますよ。だって、向かいのお医者様がオーナーをやっているところだから。」


 オーナーねえ。ちなみに、矛能尾ケアセンターは全国に沢山ある。即ちチェーン店である。フランチャイズのオーナーがどれほど、特色を出せるのだろうか。そして、あの対応絶対ダメである。

「そりゃ、ダメな人はいるけれども、お医者様の奥さんには良くしてもらってて。」

 細かく話を聞くと、はっきり言って「お医者様の奥さん」以外、全部駄目じゃん。


 しかし、私の住んでいる余山市と、尻和里はかなり遠い。そして、息子の一は二児の父親であるにも関わらず、マメに未唯の処に通っているようだ。未唯の介護のキーパーソンが一なのだから、この話はここで終わりだ。一年前はそれで終わった。


 未唯の話が浮上したのは、一週間前、母の弟、坂上網彦から母に電話があったからである。

「この前、一と一緒に、未唯の処に行ったんだけれども、車いすに乗っていて、俺のこと、わからないんだよ…。」


 面食らった母は一に電話することにした。

「ああ、母(未唯)は半年前コロナにかかりましてね。2か月寝たきりで足腰が弱ってしまいまして。あと、その時、病院に入院したんですが、その時、一気に認知症が進んじゃったみたいで、もう、僕しかわからないかもしれない。」

 認知症対応の病院とか少ないしとか、介護の世界の人は大変な中よくやってくれているとか言っていたけれど、いや、通り一遍なこと信じ込まされていない?と私は言いたい。


 尻和里は余山市より都会である。都会であるということは、病院も介護施設も数が多いということだ。一は自分が「ハズレ」を引いているということに気が付いていないのだ。医療も介護もできる人はできるし、できない人はできない。それは個人だけではなく、法人としても同じ。で、できる処にお金を落として、できない処を自然淘汰させるしか、どんな業界も、レベルも賃金も上がっていかないと私は思う。

 

 介護で政府の介入とか、外国人の登用とか言うのを聞くと、賃金の平準化とか人件費のレートの観点からして、介護を全く「単純労働」としてしか考えていないからだと私は思う。しかし、介護の世界でも、ちゃんと挑戦している人はいるのだ。老人ホームなんて言葉は、多分今50代の私が子供の頃からあった。40年間進歩しなかった処もあれば、進歩している処もある。そりゃ、進歩しない古い流儀がお好みなら止めはしないけれど、少なくとも未唯に、ただ単純労働しかしない介護者は害しかないと思う。


 未唯はデイサービスに通うことなく、矛能尾ケアセンター尻和里に入った。一人暮らしをしていて、夢遊病みたいに出歩くようになり、のっぴきならなくなってから、施設に入れたのだ。一が住んでいたのは未唯の近くではなかった。私みたいに、親の近くに戻り、同居しろとは言わない。それは各人のライフスタイルがある。ただ、医療や介護の「専門家」の言葉が必ずしも正しいとは限らないとだけ言いたい。どの業界のプロでもできる人とできない人がいる。あまり、できるできないばかり言うと刺されるかもしれないから言い方を変えれば、芸術家のデザインは個人によって好みがある。好みのデザインを描くプロに任せる必要があるのだ。そして、その好みは、介護者(キーパーソン)の好みではなく、介護を受ける側の好みである。


 母は諦めが悪いので、仕方がない。矛能尾ケアセンター尻和里に電話をかけることにした。








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