第11話 臭い

「お前臭いんだよ」

「近寄るな」

「顔がいいからって」

「お前犬みたいな匂いだな、マーキングしろよ、ほらほら」

 そんな事をいわれて自分の持ち物を自分にこすりつけられる。


 ユリは困っていた。絶世の美女といわれている彼女が、ひどい体臭を持っているという事に。いくら治療をしても、市販薬をつかってもどうにもならなかった。人気のひがみか、同じタレント志望者の通う高校でのいじめがひどい。それでも自分にはCM、アイドル、バラエティ様々な仕事が迷い込んできていた。


 それでもいつも孤独だった彼女に春が訪れた。同じ高校の男子生徒から告白された。学校で一番人気の男子生徒、サッカー部の。もともと汗をかく部活だ。もしかしたら気にしないかもしれない。

 それでもいくら彼と過ごそうが、カラオケに行こうが彼の家に行こうが、彼は一定の距離をたもっていた。それがどういう事かわからなかったが、ついに彼は少し割高のホテルに自分を招待したので、いよいよだと思って彼の元に向かったのだ。


 彼はいいひとだった。性格がとても、言葉使いも大人びていて、スマホをみて何かを常に心配しているようなところはあったがそんな事はきにならなかった。ホテルに向かうと、彼はあとからくると連絡があったので一人でまっていた。従業員がサービスだといってもってきた水を飲んでから記憶がなくなった。


 起きると、裸の太った男が部屋の入口にたっていた。

「やあ、息子が世話になったね」

「や、やあああ!」

 すぐに彼氏に電話をしたが彼氏はでず、メッセージが届いた。

「ごめん、すべて親父に頼まれた事なんだ、俺は養子で、親父は有名事務所のプロデューサー将来を約束する代わりに、人気タレントのお前をさしだせって……大丈夫、いう事だけ聞いてればいまよりもっといい報酬で働けるから、どっちか選んで、移籍か、親父と寝るか」

「きゃああああ!!」

 怯えているユリに選択の思考などなかった、縮こまってベッドの隅にすわっていると、男はちかづいてきて、ユリがはおっていたベットシーツをはがして、彼女に顔を近づけた。

「くさっ」

「え?」

「もう飽きたな、いいわ、帰っていいよ」

 その雰囲気と言葉使いにどことなく覚えがあった。

「あなた、もしかして」

「ああ、そうだ、息子の言葉もしぐさもずっと俺が操っていた、楽しいからね、君は自分の体臭に悩んでいるようだね、業界じゃ有名だが、私はどんな女も抱いてきた、だから大丈夫だと思ったんだ、だがその私すら無理だと思わせるほどに君の体臭は強力だ、まあいいさ、君は人に愛されることはないだろうが、その分自由に生きるといいさ、私のように」

 スーツをきると、男はでていった。


 それからしばらくして、芸能界のつてで、臭いを抑える薬をもらって、それはかなりよく効くものだったので、高価だったが、それによって彼女はいつのまにか普通の生活を送れるようになった。学校はいじめによって転校した。


 彼女は、電車でよくあう同じ高校の生徒がきになっていた。しかし遠くから見ているだけだった。わりとニヒルなタイプで、顔は平均と比べると美形というくらい。そのまま何の接触もなく生活して卒業するのだとおもっていた。


 ある登校時、彼女はお尻の辺りに違和感を感じた。なにかがこすれている。そしてその動きと質感に意図的なものを感じざるをえなくなった。そして振り返る。すると気になっている青年がいた。

「シュウジ君!!!」

 そういうと、青年はこちらをびっくりした目でみている、距離から言って彼が犯人ではない事が理解できた。すると突然彼女は泣き顔になった。シュウジはいそいで彼女を庇うように割って入った。すると痴漢はとまった。

「ありがとう!!」

 駅へおりるとシュウジは色んな心配をしてくれた。同じことがあったらすぐ手をつかんでいったほうがいい、念のため同じ電車にいたときは僕がそばにいる。

これほど親切な人間に会ったのは初めてだった。

 

 笑顔でいったん別れたあと、彼女は自分の掌の匂いを嗅いだ。思わず、感謝で手をつないだほうの匂いが、臭かった。


 それから、彼女は恐怖にとりつかれた。シュウジを避けるようになり、妙な噂を流した。“彼は私にセクハラしている”等、様々な方法で、彼を避けたのだった。


 だが或る時高校に彼の親が怒鳴り込んできた。休みがちだった彼の変わりに、ユリに文句を言いに来たのだという。ださいと思ったが、その内容に驚愕した。それは自殺未遂を繰り返しているという彼の遺書であるといい、そこには、例の件でユリが心配だという事と、自分の体臭を気にしていること、ずっと以前から、タレントとしての彼女にも救われてきたし、転校してきてからもその朗らかな性格が好きだったことがつづられていた。


 さすがにユリは、申し訳なくなってしまった。そこですべてを彼に話、彼と和解をしようと思ったのだ。

「それで?」

 と、シュウジは、線路をまたぐ跨線橋の上で、手すりにひじをつけて、ハミラに尋ねた。

「彼女の魂は薄くなっているからね、すべてがわかるわけではないが、その道中で例の痴漢に乱暴をされ、そのまま殺された」

<ドカンッ!!>

 シュウジは、手すりを勢いよく蹴った。

「どうしてだ!!こんな不幸があってたまるか、あんな美しい子だったのに、俺はどうすれば」

「不条理はある、目に見えない不条理などたくさん、だが、君のこれからは自由じゃないか、そうだろ?」

「でも、僕は、彼女に伝えなければいけない事が……」

 ハミラは、目をつぶった。

「まあ、君にまかせるよ、もうお代は受け取ったし」

 彼がその場をさった数十分後、シュウジは決意したように手すりにとびのり、とびおりた。丁度電車が通りすぎるときだった。


「これでお望み通りかい?お嬢さん」

「ええ、いいわ、マーキング成功よ」

 ハミラが、事務所でまっていた帽子をかけた派手なユリの幽霊と対話をしている。

「若い子の人生を二つも無駄にしてしまった」

「あなたのせいじゃないわ、あなたは特別な、臭いを消す薬をくれたじゃない」

「どうして彼を殺すことにしたんだ?」

「あら、彼は選んだのよ、話してない事があるから話すわね」

 ユリは得意気に、あごにてをのせて背中をむけると、カウンターに尻をのせた。ハミラは嫌な顔をした。

「彼が助けてくれた最初の痴漢の犯人は一人じゃなかった、彼もそれにくわわっていたのよ、でも彼は、ごまかすために私をかばった、もちろん私は分かっていた、それでも彼が好きだったから、許したのよ、でも彼は最後まで自分が痴漢だという事がばれる事をおそれていた、そういう意味では同じだったのよ」

「同じ?加害性にはかりなどないと思いますが」

「じゃあ、どれだけ愛しているかにも図る事ができるの?結局彼は死んだのよ」

「まあ……」

「私は彼をいじめたわ、彼がそうして、私の“本当の匂い”をしっても裏切らないように追いつめに追いつめたのよ、男子だってよくするでしょ?好きな子をいじめるのって、私はそれの派生形よ、でもその途中で件の痴漢に殺された、最悪だったわ、最悪、でもあきらめたくなかった」

「諦める、ねえ、あなたの人生はひどいものでした、ですが、いい部分もあったし、善行もしてきた、来世があると思いますがねえ」

 ふと、ハミラは少女をみる、少女は横顔をみせ、こちらをすさまじい瞳でにらんでいた。

「ひっ……」

「“同じ立場の同じ存在”それに気づいたとき、どれほどうれしかったか、孤独をしらないあなたにはわからないでしょうねえ」

 そういって、少女はその場をあとにした。ただ、事務所にはハミラの

「くわばらくわばら」

 という声だけが響いた。

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心霊万屋 ボウガ @yumieimaru

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