第10話 名誉

「やつは必ず名誉を欲しがる」

「同じ過ちを必ず繰り返す」

「人間はそうでなければいけない」

 キツネたちが集まって会議をしている。古い祠の中で、ただ、もくもくと。その端を人が通りかかる。それはそれは美しい少年だった。名誉などしらない純朴で無名な、しかし地域では有名な少年だった。

「あれをまねよう」

「それがいい」

 キツネは進化した、少年の原型はどことなく保ちつつ。ただ、人間に。


「ふぁ~あ」

 ハミラは大あくびをしてテレビをみていた。せわしなく移り変わる画面や、くだらないバラエティーショーの中に、お笑い芸人。見覚えのある人々に退屈していると、いつの間にか眠りこけ、目を覚ますとニュースになっていた。

「人気子役のロイル君が、行方不明ということです」

「んん?」

 その人気子役と言う子に見覚えはなかった。その時点で妙な違和感があったのだ。


 数日後、以来がきた。ここ最近多いのだが、キツネ憑きの依頼である。この地域の権力者とパイプのある彼は、面倒草がりながらもこうした安い依頼もうける。他の同業者からは煙たがられる。なんといっても、相場よりずいぶん安く、簡単に仕事をしてしまうのが彼だからだ。


 だが、知る人ぞ知るという形で、特段目立つこともないし、彼自身もそれを望まない。昔、痛い想いをした事があるのだ。それから何週間も立て続けに、以来をこなしていたが、こう多いと何かしらの意図を汲まざるをえない。彼はあらゆる稲荷神社や祠にでかけて、様子をみた。自分の実家の近くの祠にでかけたときにようやく気付いた。


「なるほどね……」

 さびれた神社ではあったが、だれかが丁寧に世話をしているようだった。霊体は検知できなかったが、祠に振れてすべてを悟ったように家に帰った。



「頼む!!この通りだ、人気子役のロイル君の病気を治してくれ!!」

 そう転がり込んできたのは地域の大企業の重役である。どうやら子役は彼の親戚らしい。

「どういうことですか、行方不明じゃ?」

「行方不明という事にしているが、原因不明の精神疾患、分かる人によればあれは狐憑きだというんだ」

「どうしてそんなことに?」

「わからない、彼をおいつめすぎて、稲荷神社で悪い祈り方でもしたのかもしれん」

「はあ……面倒だなあ、ん?まてよ?」

 ふと、突然ハミラは、伸ばしてい壁におしつけていたあしをもとにもどし、椅子から立ち上がるとぐっとその重役に顔をよせた。

「なるほどね」

「!!?」

 重役は驚いた。だがハミラは驚かなかった。そもそもこの重役天涯孤独の実である。孤児としてそだったのだ。

「誰か“いる”な」

「キュッ」

 重役は翻って距離をとったが、すでにおそかった。ハミラは重役が距離を取る前に彼の胸にふれ、何か術を編んだかと思うと、ぴかっとひかり、結界が展開した。ハミラの目には、重役の身体からはなれていく動物の霊体がみえた。

「な、何をしたんだ?そもそも私はどこへ、ああ、そうだ、知り合いの子役のお祓いを頼まれて……ハミラ君、頼めるかね?」

 随分落ち着いた様子で、願う重役のほうをみながら、ふっと鼻につくわらいをしたかと思うと、ハミラはいった。

「その件でしたら、もう大丈夫ですよ」


 しばらくしたら、ありとあらゆる霊媒師がロイル君の除霊にとりかかった。ハミラは全く相手にしなかったが、霊媒師たちは彼を責めることはなかった。むしろ、彼のファンやら、お客さんたちが彼をせめた。まるで何かに取りつかれたように。それでもハミラは何もしなかった。


 あるとき、ロイル君は突然テレビに復帰して、生放送番組でこういいはなった。

「ハミラという人に誘拐されていました」

 世間は大騒ぎだったが、警察はそんな事実はないと発表。ハミラは重い腰をあげて、ロイル君の所へ急いだ。—例の祠へ。

「どうしてここにいるとわかった?」

 ふと、たどりついた瞬間に、ロイル君は振り向きざまに答えた。

「超能力者ユート君、たしか2年前ごろにかなりもてはやされた少年、それにそっくりだったからさ」

「地域の人間に興味がないとおもっていたが」

「さあ、どうだろうね?」

「実際この子はほったらかしにしたじゃないか」

 ニヤリとロイル君がわらうと、ハミラは全速力で接近しその頭をつかんだ。かとおもうと、ロイル君はかがみこんで、彼の背中に回り込んだ。

「やーいほったらかし」

「“実在しない少年”のことなどその内わすれる」

「なるほど、狐憑きではなく、狐憑きをされている少年を装った狐だったってわけ?これはケッサクだ」

 ロイル君がニヤリと笑うと、その後頭部を左手でつかんで、何か呪文をとなえたかとおもうと、ロイル君の身体は電撃が走ったように痙攣し、狐の姿になった。それでも狐は、嘲り笑う事をやめなかった。

「“実在しない少年”か“君の親友”のようにね」

「やめろっ!!!」

「それ以上は彼を兆発しないで!!」

 思わず狐をとめたのは、祠の裏から出てきた別の狐たちだった。しかし時すでに遅く、狐は、またすさまじい痙攣をした。やまぬ痙攣の中で、狐の魂は薄くなっていく。その魂が完全に消え入りそうになった時に狐は残りわずかな力で、ある人間に化けた。

「……!!」

 青いひとみ、金色の神、優しげな眼もと、ロイル君と同年代の子供だった。突如、ハミラはその場につっぷして嗚咽した。狐は、他のキツね達が運んで避難していった。他の狐たちはこんな言葉を残した。

「あなたが名誉を欲していないのを知っているわ、確かに、人間たちは名誉や力ある人間に多くの敵意を向けて、ちょっと失敗すると、凡てを台無しにしようとする、けれど、そうよ、あなたは台無しにしなければいけない、あの時、彼を助けようとして、ありとあらゆる神々に祈ったあなたは……それが失敗した今なお、その代償を求められているのだから」


 ハミラは、しばらくして立ち上がると祠の裏で、コンビニのごみなどの中心で横になっている少年をみつけた。彼はユート君だ。狐が模倣した人間であり、この世からこの間失踪していた少年。彼をもとの両親の元に戻すと、ハミラは事務所にいき、テレビをつけた。狐が化けたあの少年、ロイル君の話は、もはやどこも取り扱ていなかった。まるでそこに初めから存在していなかったかのように。




 











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