第9話 競争相手
「新しい形のダブルブッキングだなあ」
心霊万屋の事務所で、いつものカウンターで腕を組みながらハミラが呟いた。目の前には高校生、陸上部の依頼者のタカシがいる。
「親友をひどい目に会わせてしまったみたいだ」
ハミラは彼に向ってつぶやいた。
「ああ、どうしてこんなことになってしまったんだ、あなたは、だからヒサシ君にもしっかり忠告したのに」
「忠告?ヒサシを知っているのか?」
「知っているもなにも、あなたより先にきたのは彼でしたからねえ」
ふと回想にひたると、ヒサシの、幽霊の姿が思い浮かんだ。
「お願いです!!彼を勝たせてください!!彼は、陸上部の星なんです」
「でも、あなたはもう死んでいる、別のときの中にいる、それでも彼を応援するんですか?」
「ええ!私は、私の後悔と親友の後悔の中で初めて応援すべき清き青年をみつけたのです、彼を助けたい、成仏は二の次で!!」
しばらく彼と話し、そして、水晶を介してお互いの掌をかざすことで、ハミラは彼の過去をみた。
「そうですか、あなたは死んでから彼に初めてあったのですね」
「ええ、彼は霊感があるようで、私にも怯えずに接してくれました、私が後悔があるというと彼は私の記録を塗り替えるといって」
「まってください?記憶を塗り替えるとは、彼はエースらしいじゃありませんか?」
「そうです、私は記録保持者です、5年前“ある事故”で死んでしまいましたが……」
「その事故の記憶ですが、深い悪意や恐怖の中に隠されていて読み取ることができませんでした、詳細を話してくれませんか?」
「それは……」
「そうですか、まあ、話す気になった時にでも……それで、要するに依頼は“あなたの声”を彼に詳細に伝えられるようになればいいのですね、それでしたらこの品を貸し出しましょう」
そういって、ハミラは古いイヤホンをとりだした。
「イヤホンとしての機能は片耳しかのこっておりません、下の方はじゃまなのできってしまいました、ですがこれを彼に付けてもらえれば、あなたの声は、より聞こえるようになりますよ」
ヒサシの顔は明るくなった。
「くれぐれも気をつけてくださいね、使いすぎるとあなたの心がすべて彼につつぬけになってしまいます、彼以外にも」
ハミラは、彼の言う通りの場所を訪ねた。そこには彼の隠し財産があった。少し不良ともからみのあった彼は廃墟に財産をのこしていた。
「ふむ」
1万円。少ないが、致し方ない。幽霊の為である。
翌日。
「すごいよ!!早くなってる!!」
「いいね!!君の習得力の速さの……ザザッ……ものだよ」
ヒサシは、タカシにものを伝えることができるようになり、タカシに秘伝の技術の習得法を教えると、タカシはぐんぐんと能力をのばしていった。
「ああ、いい、最高だ」
「こんな日がいつまでも続けばいいのに」
二人でグラウンドのすみで座って休憩しながら、そらをみあげる。ふと、タカシが暗い顔をしていった。
「でも、今度の大会で新記録をだせなかったら、もう陸上はやめるんだ」
「え?どうして?」
「親が厳しくてさ、どうしても上の高校を目指せって、エースとしてもこの高校じゃ早い方だけど、他と比べると、親は何より他人の評価にこだわるから」
ふと、ヒサシもつられて下を向いた。
「わかるよ」
「え?」
「俺が生きていたころもそうだった、親は俺じゃなくて俺の記憶や俺の将来、そしておれが稼ぐだろう財産の事しかみていなかった、俺は、もし親友に殺されなくても死んでいたかもしれない」
「え?」
ふと、思わぬことを口走り、ばつがわるくなったのかそのままヒサシは消えてしまった。
「ヒサシ??」
その日から、なんとなく顔を合わせずらくなってヒサシはタカシの前にあらわれなくなった。大会一週間前になって、ある事件がおきて、ヒサシはやっと彼の前に現れた。ヒサシがランニング中に足を怪我して、転んだのだった。
「走り方を変えた無理がたたったのだろう」
医者はそういっていた。一週間安静にしてくれと、しかし、一週間後は大会である。タカシは悔しそうに嘆いていた。ヒサシもその一週間、特に何もできず、ただイメージトレーニングで、タカシに攻略法をおしえていた。
一週間後の夜、大会前日の事である。タカシは、ヒサシを家に招き入れており、そして心境を話した。
「勘違いしないでくれ、お前のせいじゃないんだ」
ヒサシは、自分の心の中の汚い部分がそげ落とされていく感じがした。そして決心した。ヒサシは、タカシが就寝中に“イヤホン”の出力を最大にして、タカシにありったけの自分の中の技術や能力を注いだのだった。
翌日の大会。大会新記録、かつ高校新記録を塗り替え、タカシは優勝した。親も喜んだが、その翌日から、その高校は怪異に包まれ始めた。
みなが校舎で幽霊をみて、タカシは優勝をしたというのに、妙な目で部活仲間からジロジロみられるようになった。
「あいつがヒサシを殺したんだ」
「ヒサシと競い合って、その競争が怖くなって殺したんだ」
「あいつは、人殺した、そこまでして順位が大事だったのか」
いわれのないことをいわれる。それまでヒサシの事は、すでに高校に入る前に亡くなっていた幽霊だとちゃんと認識していたのに、段々同世代の友人だったような気がする。それだけではない。ヒサシの幻覚がみえ、彼をにらみつける事が多くなっていき、段々憂鬱になり学校を休みがちになる。
「もう学費を払ってやらんぞ!!中退にさせるぞ!」
親は激怒していたが、母親は優しく様子をみていて、そしてある日こっそり友人から聞いたというハミラの事務所へいくように息子に進めたのだった。
そして、今タカシはハミラの事務所を訪ねたのだった。
「それで?大会にでたいんだね?2週間後の」
「ええ、そうです」
「まあ、心配はないよ」
「え?」
「その頃にはきっと皆すっかりわすれている」
ハミラは平然としていった。
「お代は?」
「ああ、ヒサシからもらっているからね」
「そうなんですか?」
「ああ」
彼が出ていくと、しばらくして物陰からヒサシが現れた。
「それで、話す気になったかい?」
「……」
「まあ、そうしてうじうじしているといいさ、どの道君に金は払えないんだからね」
冷たく言い放つと、鼻歌を歌いながらハミラは事務所をあとにした。
学校では相変わらず、ヒサシを殺した男として噂になっていたが、だがタカシは心が軽やかだった。なぜなのかわからない。もしかしたら、当のヒサシ本人が、自分を思っていてくれたからかもしれないし、そうだ。今日登校中校門にハミラに似た男がいたな、帽子をかぶって手を振っていたがあれはどういうつもりだったんだろう。
部活をおえ、下校すると、校門のところにヒサシがたっていた。久しぶりの姿に感激し、ちかづこうとすると、一定距離をたもったまま、そのままあとずさりをしていく。
「今日は、話さなきゃいけないことがあるんだ」
「え?」
「俺が死んだ理由について」
「……」
それからヒサシは、親友Aとの話を話してくれた。すこしやんちゃだったAとは家が親友で仲が良かった。部活も同じで常に競い合っていて、小学校のころはサッカー部、中学から陸上だった。高校になってからだ。親友との競争が激しくなっていったのは。やんちゃをしていたとはいえ成績もヒサシと競い合っていたAは、なかなか勝てなくて悩んでいた。ヒサシの方も親からあんな子に負けるなというしめつけや将来への期待に悩まされていた。
勉強も、部活も、それ以外の時間が一切とれないほどに追いつめられていったヒサシはついにノイローゼ気味になり、奇妙な事をしはじめた。呪いにたよったのだ。藁人形やら呪いの札やら、なんやら。もちろん本気でつかったことはなかったが……。
檻悪くそんな時に、Aが家に尋ねてきた。馬鹿話をしてかえろうかというときに、呪いのしなじなをみてしまったのだ。丁度ヒサシは席をはずしていたが、帰ってくるとそれを抱えてAが自分をといつめた。言い訳をしたがむだだった。
「お前を絶対に殺してやる!!」
そういって、Aは家をでていった。
「そんなバカなことをするわけがない」
初めはそう思っていた。だが、Aは部活にあらわれるとしょっちゅう彼にちょっかいをかけるようになった。一緒にランニングをしているときや練習をしているときに、足をけって転ばすということをいったり実際そういうしぐさをしたりした。もとから精神的に追い詰められていたヒサシはさらに追いつめられるようになっていった。
そしてある大会を迎えた。ほとんど眠れなかったヒサシは、最悪な状況でその大会にでたが、しかし、全力を出さなければいけなかった。親からの締め付けもそうだ。自分を信じなかった親友への恨みもある。最も逆恨みかもしれないが。
自分の出番がきて、スタートダッシュをきる、親友も同じコースで走ることになっていた。ちらりとみる、そして、親友との距離が開いていることに安堵し、全力疾走をした。
[キキィーッ……ドンッ]
ヒサシはそこでようやく理解した、今まで大会の会場だと思っていたもの、現実に存在するとおもっていた大会の会場は、そこには存在していなかった。時計をみる、深夜の2時だ。ヒサシは死の間際に理解したのだ。大会前日の自分の家の前で、寝ぼけて車道に突っ込みトラックに轢かれたのだと。
「それで、恨んでいるのか?」
とタカシが聞くと、ヒサシはいった。
「違う、いくら追い詰められてるといっても、親友を脅かしてしまったのは僕だ、そして君は、死後初めてできた親友だった、正直こわかったんだ、自分の中の行き場のない憎悪が君に向かってしまうのが……実際あの大会のあと……」
「違うよ!!!」
タカシは叫んだ。周囲を通りがかった生徒が驚くほどに。
「お前は、まだ親友じゃない、俺の事を信じてくれたら親友だ、俺が明日大会で優勝したら、お前は親友になってくれ、そして成仏してくれ、信じてくれ、きっと来世は、お前の友人関係に悪いことなんておきないって」
その随分と後方、電柱の影にハミルはいて、姿を消したのだった。
大会では、タカシはほとんど緊張をしていなかった。ヒサシに教わった練習法や走行、呼吸法もみについたし、体調も万全だった。この青春の汗を心から感じて痛かった。相変わらず、仲間たちはヒサシのことをいってきたが、出番が来る直前に言い放った。
「あいつの不幸のためにも、俺は成果をだす」
あっという間にその時はきた。浮遊感と非日常感のなか、ヒサシとの練習の記憶だけが蘇ってきた。それにそって、それを追い越すようにはしった。結果、大会は再び優勝をした。
ヒサシは、ゴールラインの数メートル先で手を振っていた。タカシもまたてをふった。
「またいつか」
ヒサシはその場をあとにして、思い出のある場所に向かおうとすると、その横からハミルがあらわれた。
「心配するな、もう部活仲間は“悪夢”にとらわれていない、ヒサシが生きているという幻覚は消え去ったさ」
ハミルが手のひらをさしだす。
「すみません、お金は……」
「違うよ、イヤホンだよ」
そういわれて思い出した。タカシが高校のロッカーに置きざりにしていることをいうと、ハミルは納得した。
「ありがとう、本当に」
「いいよ、俺は幽霊のために仕事をしている」
「これで成仏ができます、本当に!ありがとうございました」
部活青年らしく、頭をきっちり姿勢を正して下げると
「それほどでも」
まんざらでもない笑顔をうかべながら、ハミラは、タカシの元に向かった。タカシは同僚にかこまれ、そこでは笑顔があふれている。“道具”を使った代償は綺麗に消え去ったようだった。
ハミラはスマホをみてポケットにしまうと、あくびをしながら、右手をあげてその場で踵をかえしていった。
「お会計は、青春の汗ってことで」
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