第8話 毒親 

 ユリコは悩んでいた。精神病棟に隔離されているが、自分におかしなところは見当たらない。それに医師たちも“部屋をでなければ”おかしなことはないという。

たしかに部屋をでたときに、どうにも自分が自分でなくなる感覚に襲われることがあった。だがそうしたとき必ず意識を失うので、何が起こったかはわからないのだ。


 悩みに悩んだ結果。医師のイワクラの知り合いに“霊媒師”という職業の男がいるそうなので、彼を頼ることにした。イワクラは変わったやつで、精神科医にも対処できないことがあるとわりきっている、変わり者で同業者の嫌われものだった。


 ボサボサしてまっ黒で渦が巻いたような、表情の薄く、半目をひらいた短髪のおとこで、短い髪はおれまがってぴんとたっている。

「それじゃあ、頼むよ」

 イワクラは、奇妙な中性的な男を部屋に通すと出ていこうとした。

「お、おい、ちょっと……同席しなくていいのかよ」

 イワクラは思考停止したようにこちらをみると、男と顔を見比べていった。

「ああ、その人は精神病じゃない」


 イワクラの紹介した男は奇妙な身なりをしていて、紫色の髪をしたまるでビジュアルバンドのような顔をしていた。

「ハミラといいます、よろしくお願いします」

「あ、ええ、よろしく」

 彼女が返事をすると、彼は自分の身なりや態度をまるで顧みない様子で奇妙な人間をみるような顔をした。

(?声がたかかったかしら?かすれていたかしら?)

 話始めるが、それから彼はいぶかしがることはなかった。


「なるほどねえ、3か月前ですか、息子さんがなくなったのは」

「ええ、私のことを毒親と罵ってその後に……なんでもかんでも私に決められてこまっているってねえ」

「なるほどねえ」

「それで、何を解決できるんです?」

「ああ、幽霊を呼びますよ」

「だれの?」

 そりゃ、当然息子か、と思ってわらった。

「お母さんですよ」

「え?」

「あの子が殺したお母さんの魂をよびだします、あなたは良い親です、息子さんもよくあなたを愛していた、けれど一時の気のまよいが自体をあんなことにさせたのです」

「私を愛していた?私があんなに彼を束縛したのに?」

「ええ、間違いない、彼女に聞いてください」

 幽霊が浮かび上がる。そして、彼は自分自身に手を伸ばした。半透明の虚ろな目をした。どこにでもいる中年の女性がこちらをみていた。

『ああ、どうしてかしら、あの子、はっきりいってくれればよかったのに、私本当にあの子に嫌われたかとおもって……』

「なんのこと?」

『あなたはもう覚えていないのね、でもそれもいいわ、だって、あの子は私をあいしていたのだもの、あの子が、私に死ね、毒親と言ったときはショックだったわ、たしかに進路だって、習いごとだって、彼女だって私が干渉していたのは事実だから』

「そうね、反省しなければ」

『反省?もう遅いわ、あなたはこんな事になってしまって、あなたには反省は襲いのよ、あなたは私だけを愛していればよかった、本当は何があったかを伝えればよかった、私に!!!素直に!!!』

 突然、毒親としての自分自身が自分の首にしがみついてきた。実際にのどが苦しく、生きが出来ない。あわててハミラが、止めに入る。

「!!!」

 ハミラが霊体にふれようとするが、まるでプリンのように境い目がなく、ふたつの霊体はあわさっていた。

「これはまずい、早く思い出さなければ!!!」

「思い出すって何を!!」

「あんただよ!!あんたは、ヒサシ、つまり彼女の息子なんだよ!!」

「!!!???」

 ふと、記憶がよみがえる。そう、あの日、母親が自殺する前日のことだ。自分は彼女に別れを告げられた。その事がショックで自分は……。

 ハミラが叫んだ。まるで一部始終を、記憶を覗き見ているように。

「それだけか!!お前は、本当にお前の母親は毒親か!!」

 ヒサシは頭をかかえた。目を現実からそらそうとしたが、ハミラがいつとりだしたのか、目の前に手鏡をつきつけられた。そこにはどこにでもいる青年の顔とそれにあわさるように幻影の母親の影があった。

「見ないで!!母さん、ごめん!!母さん!!!ごめん!!」

 いつのまにか、母親の幻影は姿を消していた。

「全部、全部そうだ、恋人を選んでくれといったのも、進路を決めてもらったのも習い事を決めてもらったのも、僕がマザコンだからだ!!ごめん!!お母さん、あんなこといって、本当に死ぬとは思わなかったんだ、母さん、あいしているよ」

 ヒサシは自分の肩を抱えてうずくまった。


 それをみて、ハミラはニヤニヤとわらっていた。騒ぎを聞いて駆け付けたイワクラは、ハミラを引きはがし、少年をおちつけた。

「ああ、仕事がおわったなら帰ってくれ、チップも多めにわたすから」

 イワクラは、ハミラの性格をよくわかっているようだった。ハミラはふて腐れながら病棟をあとにしたのだった。



















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