第7話 時代

 サチコは物悲しい気分だった。優秀な夫が無くなってから、彼のオーナーとしての地位を引き継いだ。ある運送会社の経営者兼オーナーだった夫のイサオは、バリバリ働き、四六時中仕事場につきっきりで、ほとんど家での生活を一緒に送ることはなかった。


 しかし稼ぎは多かったし月に1度一緒に出掛けることもあり、夫婦仲は悪くはなかった。だが近頃の不景気で、友達たちが苦しい生活をしいられ、ほとんど共働きが当たり前になった現代では、専業主婦として生活できていることに感謝もしていた。昔からサチコは、器量が悪く、人間関係に悩むことがあったのだ。


 信用していた副社長フトシに社長はまかせて、オーナーとして引き継いだ。副社長はいいひとで、まったく裏表のない人で、サチコにも優しくしてくれた。


 だがその次期社長が大病にかかり、後任が見つからずサチコが兼任。一時的な事だというが、会社は混乱した。それもそうだ。サチコは会社について知らなすぎる。だが、優秀な社員、役員の補佐もあり、なんとか事業は継続した。


 フトシは、徐々に病気から快復し、いい傾向だったが思ったより時間がかかった。社員たちのサチコへの不満はたまるばかりだった。


 あるとき専務のユウタが思わずサチコに食って掛かった。

「奥さんはあまり口を出さないでください!」

「夫の会社なのよ、それに、取引先やお客さんが喜んでくれるのならいいじゃない!」

 サチコは優しすぎる所があり、他人にやさしすぎる。そのため身内の従業員たちは苦労していた。かなり勉強をしてがんばっていたが、それでも役員たちは不満だった。

「何とか耐えてきたけど、このままじゃ経営が傾きます、身内の障碍者だってやとって、負担を無駄に増やさないでください!」

「そんな言い方はないじゃない、必用な枠だし補助もでるのよ!」

 昔気質で頑固なところのあるサチコは思わずいってしまった。だがこの専務は、サチコに随分優しく好意的な人だった。その時周囲をみて、ようやく気付いた。


 社員たちの目が全部自分にむいている。


 思わず走り出した、逃げ込んだ先が、知り合いに相談したとき教えてもらった

“心霊万屋”だった。


 万屋のハミラも、彼女には善人におもえた。だから思わず頼み込んだ。

「お金はいくらでも出します、“主人”に会わせてください」

 ハミラも驚いた。いくら良い趣味のある人間ではないとはいえ、たかだか交霊術で大金を貰うわけにはいかない。万屋の商品とサービスはもっとよいものだから。


「きっと満足いただけるでしょう」

 交霊術は、ただ幽霊を呼び出すだけより確実な“対話”が行える。霊媒によって、魂の濃度や能力を増幅させて、霞んで消え入りそうな、天にのぼっていく途中の魂ですら、霊媒師の力を使えば魂に負担をかけずに対話が可能なのだ。


「イサオさん、どうか私の肉体をつかって彼女と思う存分いい時間を過ごしてください」

 ハミラは霊媒能力があり、それは十八番だった。意識がふっと肉体を離れると二人は会話をはじめた。


「ひさしぶりね、あなた」

「ああ、本当に」

 しぐさや態度からなつかしさを感じたのか、サチコは涙をハンカチでふいた。

「あなたは、有能な経営者だった、本当によく社員をまとめ、愛されていたのね」 

「ああ、だが君も素晴らしいよ、随分がんばっているじゃないか」

 サチコはこのところの悩みを打ち明けると、うーんとうなりながら、イサオはいった。


「少しばかりの衝突はあっても、情熱さえあれば、社員はわかってくれるはずだ、私が育ててきた社員たちなのだ、私が古風だというものもいるが、私たちは、うまくやってきた、そうだろう?多様性の時代だ、むしろ昔気質でも問題ないじゃないか」


 それをきいたサチコの顔はぱーっと明るくなった。励ましと、自身の肯定をしてくれた。社長が、夫が。


 サチコは喜んでかえっていったが、ハミルは浮かない顔をしていた。

「まあ、あの人は悪くないんだろうけど」


 会社に戻ると経営陣と役員が複雑ににらみ合い会話をしていた。そして、その中心に専務のユウタがいた。

「何を話していたの?」

「正式に、あなたを社長の座をおりてもらう、フトシさんが復帰されるようだ、それから、できればオーナーの座を退いてもらいたい、良い人が見つかったのです」

「そんな、私がそれだけの言葉で気持を変えると思うの?」

「あなたに損はさせない、それより、専務の話を聞いてほしい」

「?」

 気の優しいサチコは、専務をみた。

「我慢に我慢をつづけてきましたが、もう無理です、正直自分は今日、社長に強くいいすぎました、ですがこれまでうけてきた苦痛があった、私は創業以来社長とともにやってきました、若いころはお世話になったのも事実です、ですがあの人は……パワハラがひどかった、サチコさんは、ご存知ないでしょうが、あの人は経営者としても何もしらなかった、私がいつも彼の変わりに仕事をして、やる事をとりまとめていたのです、社長が無くなり、私はその役割を終えましたが、案の定ひどいことになった、これ以上あなた方には、会社はまかせられない」

 サチコは口をおおった。そんなバカなはずがない、しかし、頭の後ろで確かにしたうちが聞こえた。

「チッ、裏切りやがって」

 良く聞き覚えのある声だった。


 それで決意したのか、数週間後、やがて、サチコはオーナーの権限等を役員の推奨する人にあけわたし、社長も復帰した。そして、遺産や株の売却収入などで少し余裕をもちながら、のんびりとした生活を送っているらしい。






 



 









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